ep.112 特使として

 滞在の間、隊は食材を少し分けてもらった。花畑は瘴気しょうきのせいで枯れてしまったが、貯蔵庫は生きていて、花を一から植え直しても収穫するまでの間どうにかしのげるという。


 短い滞在ののち、アガスティア隊は集落を出発した。隊員の中にはエルフと仲良くなった者もいてどこか名残惜しそうにしていた。


 森を抜け、その先の町で使者隊を伝書鳩でんしょばとの如く飛ばして、遅れること少し、本隊は同じ進路を取った。アドラシオが近づくにつれて再び緊張の度合いが増していった。


 特に悶着もんちゃくもなく首都からまだ少し離れた町に到着して、使者隊の帰還をじっと待った。数日程度かかったが、彼らは無事に戻ってきた。その手に書状を握り締めて。


 その書状の差出人はルドルだった。当初半信半疑だったセズナは筆跡や古語ふうの署名から本人であるとの確証を得た。


 書状によると混乱のあとすぐさまルドルが国の主導権を握ったとのこと。司教が逝ったことを知らずに戦い続けている兵もいるらしく情勢は未だ不安定だそうだ。


 なのでまずは指定の場所に来てほしいとのこと。そこからは味方の兵が護衛しながら用意した経路を通って城まで案内すると書いてあった。


 そうと決まれば早い。アガスティア隊は所定の場所までもうひと踏ん張りを利かせた。


 弟が無事だということを知って安心したセズナは揺られる馬車の荷台でハヴァマに渡された帳面ちょうめんを開いた。ヴァフスルーの日記の写しという話だが。


「――ッ!」


 何気なく頁をめくっていた彼女は唐突に目を見開く。


「どうした?」


 ちょうど同じ荷台に乗っていたセンリが読んでいた本から目を離した。


「……やっぱり繋がっていたんですね」

「要領を得ないな」

「ちゃんとお話しします。……ちょっと待ってください」


 セズナは一通り目を通してから順を追って話し始めた。


「ずっと疑問だった、どうして私の両親は直談判じかだんぱんに行ったのか。それはここに書かれてありました。……瘴気の噴き出す禁足地きんそくちが増えてきて、森の生態系が著しく乱れてきている。女王は彼のせいだと半ば確信している、と」

「なるほどな。確かにやつの禁術は瘴気を発生させていた」


 センリには思い当たる節があった。あの洞穴どうけつ内に充満する瘴気が横穴から逃げる光景を目にしていたからだ。おそらくそこから逃げだした無尽蔵むじんぞうの瘴気が地上に漏れ出し、立ち入り禁止区域を増やしていたのだろうと。


「森の動物が逃げだしていた理由はたぶんこれだったんですね」

「他にも要因はあるだろうが、それが主要な理由だろうな」


 返事をしながらセンリはおもむろに古びたブローチを取り出した。人骨の塚で見つけた誰かの形見。関連のある人物は頭の中に浮かんでいた。


「そうして森から逃げだした動物たちはヒト里へ。『森の嘆き』という名の病とともに」


 アドラシオの流行り病も元を辿ればビザールに原因があったと言えるだろう。


「全ての悪行は七賢者につうず。この世界はやつらにもてあそばれている。馬鹿馬鹿しいことに」


 七賢者は聖地の過酷な試練に打ち勝ってその地位を手にすると言われている。それ故に他を劣ったものを見なし、ひどくおごたかぶるのだろう。


 ###


 それからも順調に進んで、隊はアドラシオの首都に到着。指定の場所で味方の護衛団と合流し、安全とされる経路を通って城まで直行した。


 城門が開いて見張りの兵士が周囲を注視しながら大手を振って隊を中へといざなう。


 収容が終わって門が閉まると、その場の多くがほっと胸を撫で下ろした。とりあえずこれで一安心だと。ルドル曰く城は彼とその一派の制圧下にあるという。


 そのまま休む暇もなくアガスティアの代表者は謁見の間に向かった。センリ以外は姉弟関係を知らないのでセズナは待機することになった。今、一番会いたいはずなのに。


「こうして再びお会いすることができて光栄です、アガスティアのみなさん」


 あえて玉座には座らずにその前に立つ半ヒト半エルフの男。司祭ルドルだった。かなり疲れてはいるが、どこか負傷しているふうには見えない。


「あの、まずはきちんとした謝罪を。お父上のビザール様やイーロン様について」


 エスカが初手そう切り出すと、ルドルはヒトらしく首を横に振った。


「その必要はありません。立場上、私がこんなことを言うのはおかしな話でしょうが。彼らは裁かれるべくして裁かれたのです。……神の御心おこころによって。父は長年にわたり独善的な悪逆非道あくぎゃくひどうのおこないを。イーロン様は父の頼みを全般的に引き受け、あの忌まわしきやかたの管理もしていましたから」


 ルドルは一旦そこで話を区切り、一呼吸置いてから、


「関わっていた私も同罪です。今はこうして混乱する情勢や病の感染拡大に追われて手が離せませんが、落ち着いたら後任者に引き継いで、身の処し方を考えます」


 今後の方針を示した。共犯として自身も裁かれるべきだと感じているようだった。


「……あのっ。流行り病のことに関してですが、どうかこれを」


 エスカは服の中から取り出した小さな紙の束を礼儀作法良く彼に差し出した。


「これは、何かの料理法ですか?」


 受け取ったルドルは小首を傾げる。


「はい。その病はエルフの病に似ているようで、それなら魔素も同様にちゃんと摂取するべきだと。エルフのセズナさんという方と一緒に考案しました」

「ねえ……コホン。そのエルフの方がどうして?」

「私がお願いして試食を手伝ってもらいました。様々な組み合わせを試した結果、形になったものがそれです。もし差し支えがなければ一度試していただけると幸いです」


 食材をかき集めて完成した料理は以前エスカが作ったスープをミモルの花抜きで改良したものだった。まず病人にも食べやすくするために固形よりも液体の料理に絞り、そこから最良の組み合わせを探っていった。


 出来上がったものを口にした時、セズナは深くうなずいて「これならいけるかも」と半ば太鼓判を押した。


「……なるほど。では、まず見知りの病人に試してみましょう。経過を見て、効力が見込めれば大々的に告知して、材料が枯渇しないように生産や物流を適宜調整します」


 ルドルはエスカの話にかなり興味を持っていた。溺れる者はわらをも掴む、と言うが、その藁が岸辺へ引き上げてくれるほどの力強さをはらんでいるかもしれないとの期待があった。


「感謝します。まさかそんなことまで考えてくださっていたとは……。こちらからは何もして差し上げることができないというのに……。あるとすれば、安全にこの国から旅立っていただくことくらいでしょうか」

「ルドル様。私がここを訪れた理由を覚えていらっしゃいますか?」

「確か、啓蒙けいもう活動として。魔族の脅威を知らしめるため、でしたか」

「そうです。ルドル様、あなたにはこの国の人々にそのことを広く伝えていただきたいのです。特使として」

「……特使」

「時には隣国の方々にも。そして我が国とも連携を取っていただければ。今は難しいでしょうが、落ち着いた頃に。そのための支援は今後させていただくつもりです」


 付け込むとまではいかないが機に乗じてエスカは本来の目的を果たすべく今こそ交渉に乗り出した。


「それから、この国における勇者の一族への不当な扱いを改善していただきたいのです。誤解を解くと言ってもよいでしょう。もちろん一両日中いちりょうじつちゅうに解決できる問題ではないことは重々承知しているつもりです」


 ここぞとばかりにエスカは熱のこもった瞳で強く押す。その圧にルドルは思わずたじろいだ。


「……特使の件、前向きに検討させていただきます。教典の件も。しかしこれは解釈を一律に改めなければならないという大きな壁が立ちはだかりますが……。とりあえず、ここを出発なされるまでに考えをまとめておきます。なのでその時にもう一度これらの話をいたしましょう」

「分かりました。心より感謝いたします」


 エスカは優雅に深く一礼した。彼女が顔を上げてすぐ、ルドルは何かを言いかけてはやめるを繰り返す挙動を見せた。怪訝に思ったエスカは問いかける。


「えっと、どうされましたか……?」

「あの、これは別件というか、ただの私情なのですが……、一夜だけ水入らずの時間をいただけないでしょうか。そこにおられる末裔の方と、さきほどのお話で出てきた、その、エルフの方と」

「センリさんと、セズナさん、ですか……?」


 不思議な組み合わせだと思って小首を傾げるエスカ。とりあえず隣のセンリを見やって彼に返答を求めたのだった。

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