ep.42 試したことはあるのか?
翌日の早朝。センリは新しい服に着替えて行動を開始した。部屋を出て向かった先は城の外。
「…………」
気配を消して物陰に潜む。その場所から神殿へお勤めに向かう馬車が見えた。白い衣に身を包んだ者の姿も見える。おそらくはセレネだろう。
センリはそれを確認したのち、足に風の魔術をかけて神殿へと先回りした。
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「いつもありがとうございます」
火の神殿に到着して馬車から降りた白衣の者は守衛に声をかけた。遠く先、柵の向こうでは巡礼者が正座をして瞑想していた。
火の神殿は石造りの歴史ある建物で百年以上前から存在している。始まりの年は定かではない。以前は火山へ巡礼に行っていたようだ。
守衛たちが頑丈かつ重厚な扉を開けて白衣の者は神殿の中に入った。ここから先は火の巫女しか行くことができない。守衛たちはここで留守番だ。
奥に見えるもう1つの扉。その扉が祭壇へと繋がっている。
白衣の者は扉を開けて祭壇へ行った。視線の先には火の神の依代となる漆黒の大石が。
「へえ、中はこうなってんのか」
白衣の者はハッとして振り返った。
「……センリ様」
「その顔はやはりセレネのほうか」
「はい。それよりもどうしてここへ。守衛の方たちは」
「少し視界を弄っただけで簡単に入れたぞ」
センリは守衛たちに幻惑の魔術をかけて自分の存在を消していた。それはセレネも例外ではなく馬車を降りた時からうしろにセンリがいることに気づいていなかった。
神殿の外で待つ守衛たちはまさか侵入者をこうも易々と通しているとは思ってもいないだろう。
「あの、ここは火の巫女以外は立ち入りが禁じられているんです。ですから」
「あれが噂の火の神様か」
セレネの忠告には耳を貸さずセンリは祭壇へと向かった。
祭壇には台座があり、そこに漆黒渦巻く大石が安置されていた。その大きさは見上げるほどで大人の男2人分くらいはあるだろうか。
「セ、センリ様。なんということを……ッ!」
「思ったよりも軽い音だな」
あろうことかセンリは神の依代を何度も叩いた。
「い、いけませんっ! 今すぐおやめくださいっ!」
「神様の依代ってやつはそんなに脆いものなのか?」
「い、いえ……。その依代は絶対に壊れないと言われています」
「ほう。面白いじゃないか」
物は試しと言わんばかりにセンリはその石を軽く殴った。鈍い衝突音とともに窪みができたもののすぐに修復されて元の形に戻った。
「確かにそう易々とは壊れなさそうだな」
石を撫でながらセンリはその頑丈さに感心していた。
「あの、もうよろしいでしょうか。さすがにそれ以上何かをしてしまうと本当に火の神様がお怒りになると思います」
「だったらその姿を拝んでみたいものだな」
静かに笑いながら神の依代を叩くセンリをセレネは慌てた様子で見守る。
「もう1つ聞かせろ。これはいつからここにある?」
「神殿ができた時にはあったと聞いています。ですから百年以上前ですね」
「……百年以上前か。じゃあその頃からすでに巫女がいたというわけだ」
「はい。先代の火の巫女マリーレ様も祈祷にその一生を捧げました。過去に何度かお会いしたことがあるんですが、物心がつく前でよく覚えていません。けれど亡くなった時のことはよく覚えています。みなさんが城内を慌ただしく走り回っていました」
「先代の巫女か……」
そこでふと思い出したのはあの酔っぱらいの男。名前はルキ。先代ともし年齢が近ければ何か知っていることがあるかもしれないとセンリは考えた。
「あの、そろそろ祈りを捧げてもよろしいでしょうか?」
依代を前にセレネは遠回しに帰るよう促した。センリは祭壇周りをもう一度見てから扉へ向かった。途中、瞬きをしたその一瞬でセレネの視界から彼の姿は消えていた。
外で待機する守衛たちは扉が勝手に開いたことに反応して近づいた。しかしそこには誰もおらず不思議そうに首を傾げていた。
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城へと戻ったセンリは部屋で手紙をしたためた。宛先は七賢者の末裔ネフライ。彼にあの奇妙な神の依代について尋ねようというのだ。
多くの知識を有するネフライは以前養子を亡くしておりそのことで深く沈んでいた。けれど最近になって少しずつだが元気を取り戻していた。
「……まあ、こんなもんか」
光にかざして出来栄えを確認したらその手紙を封筒に入れる。それから掌の上に魔力で生命を持たぬ伝書鳥を作りだした。その鳥は手紙を咥えると窓から羽ばたいた。行先はアガスティア王国の王都。ネフライの家だ。
早朝に起きたことでまだ眠いセンリはあくびをしながらベッドに横になった。
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しばらくの間、睡眠をとり、次に目を覚ましたのは殺意を近くに感じた時だった。
センリはベッドから降りて扉の前へ。開けるとそこにはちょうど同じく扉を開けようとしたエスカが立っていた。
「あ、センリさん」
「…………」
センリはなぜか目の前のエスカを睨んだ。そしていきなり彼女の顔を掴んだ。
「え、な、何を」
訳も分からず戸惑うエスカに対してセンリはためらいなく膨大な量の魔力をその手から一気に吐き出した。
「セ、ゼンリ、さん……いったい、何を……どう、して……」
眼球を彷徨わせて痙攣するエスカの皮膚が捲れる。その下にどす黒い何かが見えた次の瞬間、彼女は灰となって崩れた。
「姿形に関してはいい出来だったが、だだ漏れの殺意で三流に格下げだ。出直してこい」
今のエスカは姿形こそは同じだったがそれは魔族の手駒が化けた姿だった。
「しかしなぜこいつはアルテのところへ行かなかった。何かに反応しているのか……?」
特異体質のアルテしか襲わないという魔族の手駒。だがすでに二度もセンリは狙われている。そのことを不思議に思っていた。
「……何かからくりがあるのか」
センリ自身は魔族を呼び寄せる特異体質ではない。別に原因があるのではないかと彼は考えながら城内を歩いていた。すると、
「あっ……」
廊下でアルテとばったり顔を合わせた。彼女は非常に居心地悪そうな顔をしている。
「お勤めは終わったみたいだな」
「え、ええ。もう昼過ぎですから」
アルテはセレネのような口振りで返事をした。
「昼食はいただかないのですか?」
「今からだ」
「では食堂へ付き添いましょうか。食事を作るように言いつけます」
「いや、俺は街へ行く。お前も来い」
センリの誘いに目を見開いて驚くアルテ。しかしその顔はすぐ困惑の表情に変わった。
「それはできません。……昨夜、セレネから聞いたでしょう。私の体質について」
「俺はお前の特異体質というのを疑っている。本当は違うんじゃないか?」
「ですがこれに関しては本当のことで……ッ!」
言い終えた瞬間、アルテはハッとして口もとを押さえた。思わずそれ以外に嘘があることを示唆してしまったのである。
「私が外に出ると間違いなく迷惑になります。それはご存知でしょう?」
「試したことはあるのか?」
「い、いえ……。私自身はずっと城の中で……」
日常的に城の外へ出ることができるのは巫女のセレネだけ。特異体質とされているアルテは城の外に出ることがほとんどない。たとえば大事な公務で外出しても周りの景色を見る余裕もなければ、歩き回れる自由もなかった。
「なら試す価値はある。来い」センリは手を差しだした。
「…………」
本当ならばすぐにでも断らなければならない。だがしかしアルテは迷っていた。この20年間まともに出たことがない城の外。そこには喉から手が出るほどの確かな憧れがあった。
少しだけなら、と。アルテは差しだされた手に触れた。
「……あの、少しお時間をいただけますか。さすがにこのまま行くわけには……」
アルテの服装は正装のドレス。このままではまず城から出ることもできないだろう。
「分かった。早く済ませろ」
「はい。では集合場所は城内の温泉前にしましょう。あそこなら裏門が近くにありますし城の者も今の時間帯はいないはずでず」
アルテは着替えのために一旦部屋へ戻り、センリは先に集合場所へと向かった。
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