ep.41 お前はガキか
場の冷めきった夕食の時間を終えて部屋に戻ったセンリはセレネに会うために深夜まで仮眠した。
しんと静かな暗闇の中。目を覚ましたセンリはむくりと起き上がって温泉に向かった。
「……いないな」
男湯の中を探したがセレネの姿はない。記憶を共有しているアルテのほうから何か言われたのではと勘繰った。
仕方なしにセンリは1人で湯に浸かった。相変わらず身体によく馴染む極上の湯。全身の疲れが徐々に消えていく。
目を閉じてくつろいでいるとある時、脱衣所のほうから小さな物音が聞こえた。その音はだんだん近づいてくる。
「……来たな」
センリは振り返った。そこには体に薄い布を巻いたセレネが立っていた。
「その顔。釘でも刺されたか」
「センリ様。どうしてそれを……」
「それくらい誰でも分かる」
「……はい。アルテにセンリ様にはもう会うなと告げられました」
よほど強く言われたのかセレネは落ち込んでいた。
「来てよかったのか? 記憶は共有なんだろ」
「よくはありません。きっとこっ酷く怒られます」
「ならどうして来た?」
「センリ様に会うことができなくなったら、私はまた独りになってしまいます」
「……とりあえず湯に浸かれ」
センリが手で指示するとセレネは「はい」と言って湯に浸かった。心寂しいのか露出した部分の肌を密着させている。
「あの、お怪我はありませんでしたか?」
「怪我?」
「魔術障壁のことです。危うくアルテがセンリ様の命を……」
「ああ。あれか」
「本当にごめんなさい」
「なぜお前が謝る?」
「それはその……一応は同じ体ですので」
セレネは申し訳なさそうな顔で視線を逸らした。
「謝罪はいらない。その代わりにアルテと魔族の関係について教えろ」
今この場に邪魔者はいない。詮索するには最適だった。
「……そのことについてですが、センリ様といえどもお話しすることはできません」
「なぜだ?」
「知ってしまったらあなたはきっと混乱するでしょう」
「混乱するだと? この俺が?」
「ええ」
「馬鹿馬鹿しい。混乱するわけがないだろ」
「……ですが」
「いいからとっと話せ。俺はこの国に潜む魔族をぶちのめしたくてたまらないんだ」
センリは鼻が触れ合う距離まで近づいて言い放った。この男は血湧き肉躍る戦いの刺激に飢えていたのだ。
「……本当に大丈夫ですか? 聞いて後悔されても困りますよ?」
「問題ない。話せ」
「……アルテ。ごめんなさい。話すのはそれだけだから」
押しにめっぽう弱いセレネはアルテに謝ってから話し始めた。
「実はその……アルテは忌み子なんです」
「忌み子だと?」
「はい。アルテは生まれつき魔の者を引き寄せてしまう特異体質で、それは不吉の象徴とされています。大いなる災いや滅びを呼び寄せてしまうような」
「だがお前たちは神様に選ばれた巫女なんだろ? 不吉の象徴をわざわざ選んだのか?」
「……ですから混乱すると言ったでしょう」
眉間にしわを寄せるセンリを見てセレネは困った表情を浮かべた。
「1つの体に2つの人格。他の方から見ればただそれだけかもしれません。けれど神様は私とアルテを別々の人間だと考えているみたいです」
「理解しかねる。実際に双子なら話は別だが」
「……そうあれたらどんなに良かったか……」
「何か言ったか?」
「い、いえ。なんでもありません」
セレネは首を振ってはぐらかす。口の中に反響した彼女の切実な声はセンリには聞こえていなかった。
「あの障壁は魔族除けだったってことか」
「はい。そうです」
「じゃあお前はいつもどうしている? いくら神様に別人とされていても体質は変わらないだろう」
「毎日お勤めに参る時は護衛を付けていますし、どうやら私には神様のご加護があるようで今まで襲われたことはありません」
「…………」
センリは無言で首を捻った。おかしい。何かがおかしいと。
セレネの言い分はこうである。アルテは体質上魔族を引き寄せるが、セレネには火の神の加護があるので危険はない。それはつまりアルテには火の神の加護はないということになる。その証拠があの強力な魔術障壁だ。
そもそもなぜ火の神は忌み子の人間に眠るもう1つの人格に神聖な巫女の地位を与えたのか。考えれば考えるほど不可思議な点が増えていく。
「何か大事なことを隠してないか?」
センリが投げかけるとセレネは申し訳なさそうな顔をした。それはあの国王同様にこれ以上追及しないでほしいと言っているようにも見える。
「まあいい。今日のところはこれでしまいにしてやる」
これ以上は何も引き出せないとセンリは一旦切り上げた。そうするとセレネはほっと胸を撫で下ろして見せた。
「あの、それなら何か楽しい話をしませんか?」
「楽しい話? くだらないな。1人でやっていろ」
「1人で話しても楽しくありません……」
「主人格と話せばいいだろ」
「今は就寝中なのでそれは無理です……」
「…………」
センリは少し苛立った表情で頭を掻いた。
「じゃあ、こういうのはどうですか。交互に問題を出しあって、それに答えていくという遊びです」
「お前はガキか」
「ガキじゃありません。センリ様と同い年くらいです」
「なおさら問題だろ……」
呆れてため息をつくセンリ。
セレネは見た目に反して子供っぽいところが所々見られた。それは今までずっと籠の鳥で同年代の者たちと交流がなかったせいかもしれない。
「……分かりました。無理にお願いするのもどうかと思いますし、やめておきます。困らせてごめんなさい」
項垂れるセレネはとても20歳には見えない。センリの目には彼女が幼い少女に見えていた。それこそ教会の子供たちと同じような。
「……今度だ。今度その馬鹿げた遊びをやりそうなやつに声をかけてやる」
「え? 本当ですか?」
「ああ。だが俺は絶対にやらないからな」
「ありがとうございますっ!」
セレネは無邪気な笑顔でセンリに抱きついた。豊満な胸がその形を崩して彼の腕を優しく包む。
「あまり押しつけるな」
「――ッ」セレネはハッとしてセンリから離れた。
「あ、あのあの、ごめんなさい。そんなつもりは」
あたふたするセレネ。そんな彼女のたわわな胸をセンリは手で掴んだ。布越しでも確かに伝わってくる柔らかな感触と跳ね返そうとする弾力。
「んっ……」
「お前はもっと自覚したほうがいい。この胸は男を引き寄せる性質を持っている」
「は、はい。き、気をつけます……」
その返事を聞いてセンリは胸から手を放した。
「あの……それで、その遊んでくれる方というのは?」
「馬鹿面の金髪女だ」
「あ、それはもしかしてクロハ様のことでしょうか?」
「他に誰がいる」
「そう、ですか。この姿ではお会いしたことがないのでちょっと心配です……」
「同じ馬鹿同士、気が合うと思うが」
「それはつまり私も馬鹿ということですか?」
「違うのか?」
「ち、違いますっ。私自身は巫女のお勤めで何もできていませんが、その代わりアルテがしっかりと勉強しているので大丈夫です」
「それは記憶を共有しているからか?」
「そうです。ですからアルテが知っていることなら私も答えられますよ」
「ふーん……そうか」
センリの発した空虚な返事。その顔は一計を案じる者の顔だった。
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