ぶらり途中懺悔の旅 -3-
次の日。エスカやセンリよりも遅く目を覚ましたクロハは昨日と同じワンピースに着替えて約束通り河原へと向かった。
「おはようございます」
河原ではすでにムートが準備万端で待っていた。
「おはよう。しばし待て」
クロハはあくびをしながら川に近づいてしゃがみ込んだ。そこで川の水を両手で掬って顔を洗った。
「……ふう」
朝のよく冷えた川の水は眠気を完全に飛ばした。
「よしっ! 練習を始めるぞ」
クロハは手巾で顔を拭って立ち上がった。ムートは「はい!」と返して頷いた。
休憩を挟まず昼頃まで練習を続けてようやく魔術が形となった。聞くところによると昨晩も家で練習していたようだ。
「おっと、もう昼ではないか。そろそろ休憩せねば」
「はい」
「我は一旦野営地に戻るが、主はどうする?」
「僕はここで待ってるよ。お昼ご飯も持ってきたから」
ムートは砂利の上に置いていた小さな麻袋から今日の昼食を取りだした。それは拳大のパンと掌大の樹葉に包まれた野菜の塩漬けだった。
「独りぼっちで食べても美味しくないぞ。ここに残るくらいなら我とともにゆこう」
「……いいの?」
「よいよい。さあ、ついてまいれ」
クロハはムートの頭をポンポンと叩いて野営地まで彼を案内した。
野営地では軽めの昼食を配給していた。備蓄や節約の関係で朝夕に比べると量はだいぶ少ない。
「あら、クロハさん。その子は?」
「我の教え子じゃ。ほれ、あれを見せてみい」
ムートは覚えたての魔術をエスカに披露した。
「まあ、お上手。この子に魔術を教えたのですね」
「うむ。これでからかってくる小童どもを撃退するのじゃ」
「なるほど。そのために覚えたのですね」
エスカは前屈みになってムートの頭を撫でながら「頑張ってくださいね」と優しく付け加えた。ムートは恥ずかしそうにこくんと頷いた。
「ところで我の分は残っているか?」
「もちろん残っていますよ。持ってきますね」
エスカは早歩きでクロハの分の食事を取りにいった。その間にクロハたちが座る場所を探していると焚火の前で昼食を取るセンリの姿が目に入った。センリは支給された食事だけでなく焚火で川魚を串焼きにしていた。ざっと数えただけでも10本はあるだろうか。
「それは主が獲ったのか?」
「そうだが」
「実に良い香りだ。新鮮な魚など久しく食べておらぬ」
クシャナ王国からずっと内陸を移動してきたので新鮮な魚を食べる機会はなく、口にするとしてもそれは乾物だった。
「言っとくがやらんぞ」
「けち臭いのう。1本くらいよいではないか」
小さく頬を膨らますクロハ。センリはその隣を一瞥した。そして串焼きを2本、地面から抜き取って放り投げた。それは風に運ばれて少年のもとへ。ムートは風が消えて落ちそうになったそれをしっかり受け取った。
「場所代だ。お前たちの川で獲ったものだからな」
「……ありがとう。お兄ちゃん」
「ずるいぞ。我の分は?」
「お前にはやらん」
「むうう……」
クロハはむっとして子供のように口を尖らせた。
「あ、お姉ちゃん。2本あるから1本あげる」
「……よいのか?」
ムートは「うん」と言って2本のうち1本を差しだした。
「主は良い子じゃのう。ではありがたくいただくとしよう」
クロハはムートの頭を撫で回して遠慮もなしに受け取った。
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満足のいく昼食を終えて再び河原に戻った2人。魔術の精度を上げるために追加の練習を行うことにしたようだ。
「おい、あれムートじゃん」
練習を開始してから約1時間後のこと。たまたま付近を歩いていた苛め集団にムートたちは見つかってしまった。集団の中心にはやはりあの主犯格の男児がいた。
「……今日こそ嘘だって言わせてやる」
その男児はうしろに仲間を引き連れて河原へ下りてきた。和やかだった周囲の空気は一瞬にして張り詰めた。
ムートは自信に満ちた顔でその男児の前に立った。
「さあ、練習の成果を見せてやれ」
クロハは腕を組んでうしろから声をかけた。そうするとムートは大きく口を開いた。
「僕は絶対に嘘をついてない」
「なんだとッ!」
はっきりとした言葉に火が点いてその男児は襲いかかってきた。ムートは瞬時に魔術を発動して掴みかかろうとする相手の腕に触れた。
「うわッ!」
ビリッと体の中に走った電気に男児は思わず声を上げて後ずさりした。
「……何しやがった。まあいい。お前らやっちまえ!」
男児が合図をすると今度は仲間の子供たちが一斉に襲いかかってきた。
「来ないでッ!」
ムートは盾を構えるかのように両手を前に出した。子供たちがその手に触れるたびにバチッという音が鳴り響いた。最初こそ勢いは良かったが見たこともない力にだんだんと恐怖して子供たちは一目散にその場から逃げだした。
「……クソッ。使えないやつばっかり。覚えてろよ。次は絶対に泣かせてやるからな」
1人残された主犯格の男児。悔しげに舌打ちをしたあと、捨て台詞を吐いて退却した。さすがに不利だと思ったのだろう。
「……やった。僕、勝ったんだ」
緊張の糸が切れてムートはへたり込んだ。
「ムート! ようやった!」
クロハは笑顔で駆け寄ってムートの頭をくしゃくしゃに撫で回した。
「ありがとう。お姉ちゃん。これでもう、僕大丈夫だよ」
「うむ。しかし油断してはならぬぞ。ああいう輩はまた別の方法を考えて主を苛めてくるじゃろう」
「うん。分かってる。だからもっと頑張るよ」
ムートはクロハの目を見てしっかりと答えた。
「良い目をしておるな。これならば我は安心して明日ここを発つことができる」
「え、もう行っちゃうの?」
「名残惜しいが我は往かねばならぬ」
「じゃあ明日。行っちゃう前にもう一度僕と会って! お別れをちゃんと言いたいよ」
「分かった。約束しよう。場所はここでよいか?」
「うん! 絶対だよ!」
不安げに確認するムートにクロハは深く頷いた。
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