ep.29 これでやっと正義の味方になれる
それから2週間。街にはいつも通りの穏やかな日々が流れていた。
センリとジュゼットが戦ったあの現場も瓦礫が回収されて綺麗になっていた。人払いの魔術が幸いして住民に負傷者は出なかった。白いローブの集団は負傷者や瓦礫に挟まれて動けない者を残して逃走した。
黒いローブの集団は置き去りにされた敵対勢力を捕らえたが、目を離した隙に彼らは舌を噛み切って集団自決した。
国王は白いローブを着た者に注意せよと民に呼びかけた。城の警備は厳重になり標的であるセンリには望んだだけ護衛をつけることができる権利が与えられた。しかしそんなものは彼には不要。権利を放棄して残党が息を潜めているであろう街へ頻繁に出かけていた。
行き先は決まってネフライの家か歓楽街。たまにエスカやクロハに連れだされて繁華街や自由市場にも渋々行っていた。エルサとはあれ以降一度も会っていない。会うつもりもない。
そうして今日もまたセンリはネフライの家に来て読書にふけっていた。
「センリさん! 見てください! できました!」
書斎の扉が勢いよく開いた。そこから現れたのは嬉しそうな顔のカイルだ。
「やかましい。静かにしろ」
「ご、めんなさい。嬉しくてつい……」
「で、なんだ?」
「は、はい。センリさんに教えてもらった魔術がついにできるようになりました」
「見せてみろ」
センリは読んでいた本をパタンと閉じてカイルのほうを向いた。
「はい。いきます」
カイルは右手を前に出してその手に魔力をこめた。拙いながらも魔力は徐々に増幅されて一気に発火した。燃ゆる掌。それがカイルの覚えた魔術だった。
「どうですかっ!」
「まあ、悪くない。及第点だ」
それを聞いた瞬間、カイルの顏はパッと明るくなった。
「これでやっと正義の味方になれる……!」
「その絵本のやつか」
センリは机の片隅に載った絵本に目をやった。
その絵本はカイルが幼い時に読んでいたもので正義の味方が悪を倒すというよくある勧善懲悪ものだった。それに登場する正義の味方が燃える拳を使っていたことからカイルはこれを覚えて自分も正義の味方になりたいと言った。
「火を圧縮して一気に解放すれば爆発もさせられるだろう」
「本当ですかっ!」
「お前の努力次第だがな」
「頑張りますっ! もっともっと強くなってお父さんやお母さんを守れるようにならないといけないですから!」
「分かったらとっとと行け。くれぐれも周りに迷惑はかけるなよ。回り回って結局俺の責任になるからな」
「はい! もちろんです! じゃあ行ってきます!」
カイルは元気よく返事して書斎から出ていった。教会の子供たちの面倒を見ていただけあって子供の扱いは慣れたものだった。
そもそもあのセンリがカイルに魔術を教えたのは回数を忘れるほど何度も頼み込まれたからだった。頻繁に読書の時間を邪魔されるよりはそのほうがマシだという結論に至ったのだろう。
ちょうどカイルが懇願してきた燃ゆる拳の魔術も才能のない彼には合っていた。なぜならそれは詠唱を必要とせず魔術を使う素質さえあれば練習次第で容易に習得できるものだったからだ。センリとしては非常に教えやすかった。
書斎の窓から下を見ればそこにはさっそく練習を始めたカイルの姿があった。センリはそれを見てふっと笑い、閉じた本を再び開いた。
夕方になるとカレンから夕食の誘いを受けてセンリは下の階へ下りた。城の食べ物にも飽き飽きしていたので気が向いた時はこうして夕食をご馳走になっていた。
「ちょっと待ってくださいね。今持っていきますから……あっ!」
躓いて倒れそうになったカレンを咄嗟の判断でネフライが支えた。
「大丈夫かい?」
「ええ。ありがとう」
「気をつけてくれよ。もう君だけの体ではないんだから」
「そうね。十分に気をつけるわ。この子のためにも」
カレンは新たな命の宿った自身の腹をさすった。そう。カレンは妊娠していたのだ。まだ初期なので目立つほど大きくはなっていない。センリがここを初めて訪れた時にはもうすでにその状態だった。
「その子もあんたの呪いを受け継いでいるわけか」
「……間違いないでしょう。ですが私が何としてでもこの呪いを終わらせます。この子の明るい未来のためにも」
「あなた……」
「父さん。僕も力になるよ」
「カイル……。そうだな。何かあった時はお前の力も借りるとしよう」
「任せてよ。センリさんのおかげで僕どんどん強くなってるんだ」
「初歩中の初歩で躓くくせによく言う」
「そ、それは言わないでください……」
痛いところを突かれて俯くカイル。それを見てネフライとカレンは笑顔で慰めた。
そんな家族の団らんをセンリはどこか羨ましそうに見ていた。
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夕食を終えたセンリはネフライ宅を後にして歓楽街へ向かった。時間的にも今から賑わい始めるところである。
2週間前は金欠状態だったセンリだが、残ったはした金を元手にまた少しずつ増やしていた。今日は種銭を残して豪快に使うつもりのようだ。
センリは気になる賭博場があればその中に入り勝負を挑んだ。流れが悪くなれば別の賭博場へ。それを飽きるまで繰り返したら今度は酒場に入り浸った。勝ち金だけを使って好きな酒を注文していた。
「あ、あの時の。お久し振りです」
ほろ酔い状態で通りを歩いていると顔見知りに出くわした。
「誰かと思ったらお前か」
それはセンリが銀貨5枚で買った女だった。以前と変わらず籠いっぱいの花を売っていたが前に比べると表情が全然違っていた。
「あの時は本当にありがとうございました。おかげさまで生活が少し楽になりました」
「そうか」
「お父さんも働き始めたので家はもう大丈夫です」
「ならどうしてまだこんな場所にいる?」
センリが小首を傾げると、女は恥ずかしそうに手で鼻の下をこすった。
「お金を貯めたくて。笑っちゃうかもしれませんけど、将来は本当のお花屋さんになりたいんです。辛い時に綺麗な花を見るととても心が安らいだから」
「店を開くとなると遠い道のりだな」
「はい。でも諦めません。あの一晩からお客さんもたくさん付くようになりました。たぶん自信が持てるようになったんだと思います。それでもし良かったらなんですけど、このあと、どうですか?」
「生憎だがお前に出す金は持ち合わせていない」
「もちろんお代はいりません。その代わりと言ってはなんですけど、あなたのお名前を教えてもらえませんか? 実はずっと知りたかったんです」
「教えてやってもいいが、簡単に教えてもつまらないな。ならこうしよう」
「……少しでも満足させられたら、ですか?」
女は次に言う言葉を先に言い当てた。それを聞いてセンリは口もとを緩めた。
「分かってるじゃないか。とっと行くぞ。案内しろ」
それに女は大きく頷いてあの時と同じ宿まで道案内した。
辺境の町にいた頃よりも刺激が多く、馬鹿馬鹿しくも充実した日々。センリは自身が勇者の一族の末裔であることを意識しないようになり、あくまでこの世界に住む人間の1人として生を実感していた。
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