ep.27 取引だ
部屋に残されたのはこれでセンリとクロハだけ。クロハは相変わらず目を閉じて穏やかな寝息を立てている。
「おい、そろそろ寝たふりはやめたらどうだ」
静かな部屋の中、センリが言った。そうすると寝ていたはずのクロハがゆっくりと上半身を起こした。
「……むう。主は鋭いな。なぜ気づいた?」
「途中で呼吸の仕方が変わった」
「そんな些細なことでか……。次からは気をつけねば」
「で、話は伝わったか?」
「途中からしか聞いておらぬが、まあ大体は理解したぞ。問題はない。そもそも寝たふりをしていたのは我なりに気を遣った結果なのだぞ。途中で話の腰を折られたら不愉快であろう?」
「暴君が人に気を遣うとはな」
「前にも言うたがそれは過去の我ぞ。今の我とは違う。我も我なりに色々と考えておるのだ。不器用なりに人との付き合い方を。主も初めて会った頃からすればだいぶ角が取れているように感じるが」
「俺がか? 冗談も休み休み言え」
センリは嘲笑した。
「何が可笑しい。我は実際にそう感じたのだ。エスカもそう言うておったぞ」
「お前、いやお前たちはいった俺の何を知っている? たかだかこの数か月で何か知った気になっているのならとんだお笑い草だ。俺は誠実で慈悲深い正義の勇者じゃない。どうやらお前はあいつのお人好し具合に感化されたようだな」
「影響がないと言えば嘘になる。が、それを受け入れるか否かは我の意思。主は気に食わないようだが、救われた身の我としてはそれでも主を尊敬しておる」
「……騙されないように精々気をつけることだ」
馬鹿馬鹿しいと鼻から息を漏らしてセンリは古書を手に取り椅子から立ち上がった。
「どこへゆく」
「野暮用だ」
センリは懐から1枚の紙切れを取りだした。ネフライの住所が書かれたそれを再度確認しバルコニーから飛び下りた。
「……センリ」
その声の先には暖かな日差しと心地よい風しか残されていなかった。
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ネフライの家は城の南西に位置していた。平民の住む住宅街で落書きされた煉瓦の壁を隔てた先にあるのが貧民街である。そこは王都の中に複数存在する貧民街の中でも治安は比較的良いほうであった。
ネフライの家は小さな一戸建て。2階のベランダには洗濯物が干してあった。
センリは玄関の扉をコンコンとノックした。
「はい。どなたですか?」
少しして扉から女性が出てきた。垂れ目で気立ての良さそう雰囲気だ。
「ネフライという男はここにいるか?」
「……どのようなご用件でしょう?」
センリを怪しく思ったのかその女性はさきほどより低い声で質問した。
「これを見せれば分かる」
口で言っても信用しないだろうと見てセンリは紙切れを女性に渡した。受け取った女性は「少々お待ちください」と言って扉の奥に消えた。
それから数分後、ようやく女性が戻ってきた。
「中へどうぞ」
センリは家の中に入りその女性の後についていった。
「ようこそ。我が家へ」
案内された居間にはネフライがいた。ローブでも聖職服でもない普段着姿でセンリを出迎えた。彼の隣には縮毛の少年がいた。
「とりあえず座りましょう」
ネフライはそう手で促して椅子に座った。センリはテーブルの上に本を置いてから椅子に腰を下ろした。
「何か飲みますか?」
「結構だ」
「そうですか。では私には紅茶を」
「はい」
女性は返事をして台所へ。慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。
「あれは妻のカレンです。そしてこっちは息子のカイル」
「初めまして」
縮毛の少年は一礼した。少年の割には大人びた顔つきをしていたが、父ネフライにも母カレンにも似ていなかった。
「今年で13になる自慢の息子です」
ネフライは穏やかな目つきでカイルの頭を撫でた。
「やめてよ、父さん。僕はもうそんな歳じゃないって」
「そうか。それはすまなかった」
恥ずかしそうにするカイルを見てネフライはその手をどけた。
「カイル。ベランダの乾いた洗濯物を取り込んでくれる?」
「はい。今行きます」
カレンに頼まれたカイルは居間を出て2階に上がった。
「さて、今日のご用件は? 世間話をしに来たわけではないでしょうし」
「取引だ。この本を提供する代わりにそちらの情報を渡してもらう」
「本というのはこれのことですか?」
ネフライはテーブルに置かれた古書に視線を向けた。
「これにはパシェンシアの賢者についての情報が記してある」
「しかしパシェンシアの賢者と一言で言っても私が知りたいのはその内の1人です。もしやこの本の中にその手がかりがあるとでも言うのですか?」
「レストパとパシェンシアの賢者は呪いをかけられたと言ったな? その血を引く子孫にも受け継がれる忌まわしい呪いだと」
「ええ。確かにそう言いました」
「そいつらにかけられた呪いは短命の呪いだ」
ネフライは静かに目を見開いた。
「……なるほど。もしそれが本当なら非常に貴重な情報ですね」
丁度そこへ紅茶が運ばれてきた。ネフライは妻に「ありがとう」と言って再びセンリのほうを向いた。
「いいでしょう。こちらも出し惜しみするつもりはなかったですから。カイル。戻ってきて早々悪いが、彼を2階の書斎へ案内してくれ」
「はい。分かりました」
カレンの用事を済ませたカイルは呼ばれて居間に戻ってきた。
「そこに私の集めた様々な資料がありますのでどうぞごゆっくり。私はお茶を飲みながらこの本を読むとしましょう」
「あの、こちらです」
カイルに案内されてセンリは家の2階に上がった。そこには小さな部屋が3つありその内の1つが書斎ということだった。
「ここが書斎です」
カイルは部屋の扉を開けて中に入った。センリもそれに続いた。
書斎は小ぢんまりとしていた。決して多いとは言えないが本棚には古い書物が並んでおり机には資料が綺麗に積まれていた。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「センリ」
「センリさんと言うんですね。父からとてもお強いと聞きました。魔術の才能がない僕にとってはとても羨ましいです」
「羨ましいも何もお前は七賢者の末裔だろ」
センリがそう言うとカイルの表情は曇った。
「……あの、実は僕、本当の子じゃないんです。だから……」
やはりそうだったかとセンリは思った。その顔に親の面影が一切見られないことに違和感を覚えた。さらに直射日光を浴びる危険があるにもかかわらずベランダにわざわざ1人で行かせたことで違和感は疑惑に変わった。
「本当の両親は?」
「知りません。僕は赤ちゃんの時に捨てられたから。今のお父さんとお母さんが拾ってくれて育ててくれました」
「良かったじゃないか。この世には親がいないやつなんてごまんといる」
「じゃあセンリさんも?」
「ああ。俺ももういない」
「僕と一緒ですね」
「一緒じゃないだろ。お前にはちゃんと父親と母親がいる。それがどんなに恵まれたことか自覚しろ」
「……ごめんなさい」
「もう話は終わりだ。さっさと下にでも戻れ」
「あ、あの、最後に1つだけ。今度僕にもできそうな魔術を教えてくれませんか? お父さんやお母さんを喜ばせたいんです」
「……考えておく」
その返事を聞いたカイルは礼儀正しく一礼してから書斎を後にした。
残されたセンリは本棚からおもむろに本を1冊取りだして安楽椅子に腰かけた。
それから本に資料に読みふけり気づけば夕食時になっていた。ネフライから夕食の誘いを受けたがそれを断って城へと帰った。
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