1. Giuditta decapita Oloferne




 ひよっこヘタレ絵描きの僕が、仲間から「カラヴァッジオ」と呼ばれていた理由は、なんのことはない。殺人罪で投獄されたからだ。



「主文。被告人を死刑に処する」



 とはいえ、いわれのない罪だった。完全なる冤罪だ。僕は自分が殺したとされるその女性を、僕の父親が殺めたことを完璧に知っていた。僕の目の前で、再婚相手たる彼女をペティナイフで刺した後、父はゾッとするような笑みをこちらに向けて言った。

『お前なんて、生まれてこなきゃよかったんだ』

 これだけ聞けば悪魔そのものだけれども、昔の父は残酷な人ではなかった。むしろ限りなく優しくて、芸術についても色々教えてくれた。父が豹変したのは、僕が小さな絵画コンクールで金賞をとったときからだ。



「なお被告人は芸術家であるため、新文化保護法に基づき、刑の執行までローゼンベルク特別刑務所に収監することとする」



 金のリボンのついたクレヨン画を見て、父の顔から笑みが消えたのをよく覚えている。そしてあっという間に、絵をビリビリと破いてしまった。当時はその理由がわからずに狼狽えたが、今ならわかる。父は嫉妬していたのだ。アーティスト活動が鳴かず飛ばずだった父は、母に離婚届を突きつけられる形で離婚している。別れた女の血を引く子に、自分以上の才があるだなんて、どうしても認められなかったのだろう。

『お前がいなくなれば、みんな助かるんだ。子供一人美大に行かせるのに、どれだけ金がかかるか、わかるか? それに比べれば、くらい、安いもんだ』

 震えて動けなくなった僕を、覆面の男たちが取り囲む。冤罪の裏工作をする闇業者……だったのだろう。そんなビジネスが成り立っているとは考えたくもなかったが、時代を考えるとあり得ないとは言い切れない。この時代——国民のほぼ全員が芸術家を名乗り、医者や公務員でさえそれを芸術活動の副業として行う、一億総アーティスト時代。街中やネット上は有象無象の作品で溢れ返り、無才の者は人権さえ剥奪される。



「そして死刑の方法は、これも同法に基づき、麗殺刑れいさつけいとする」



 判決文をそこまで読み上げられた時、僕はその場に嘔吐した。高校をやっと卒業したばかりだった。法律上は成人であっても、僕の心はまだまだ子供で。耐えきれなかった。絶望だった。

 でも同時にこのこともわかっていた——自分一人この世界から消えても、誰一人嘆く者などいないことを。


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