第32話警戒するハムスターの様だった
「おい店主、俺にはこれまでこんなサービスなんぞ一回たりともしてもらった記憶が無いのだが?」
「そうだったか?気のせいじゃないのか?」
「いいや、気のせいじゃないね」
「昨日から可愛い子には一品サービスするっていうシステムになったんだよ」
「嘘言ってんじゃねぇっ」
「はっはっはっ」
「あら、私が可愛いだなんてっ!もっと言って良いのよっ!店主っ!!」
そして俺はあからさまなエコ贔屓な客対応に店主をジト目で抗議するも虚しく軽く流される。
そう言えば元婚約者の時も毎回一品サービスしてくれてた事を思い出す。
コレはコレで店主なりの粋な計らいなのだろう。
そんな店主の『可愛い娘には特別扱いする』という流れを俺が文句を言う事によって更に際立たせ、セオリー通りに後輩が調子に乗る。
何も言わなくても理想的な展開になるのは気持ちの良いものだ。
「じゃ、乾杯でもしましょうか」
「そうだな。とりあえずお疲れ様───」
「高城先輩の婚約破棄に、乾杯ーーーーーっ!!」
そして後輩は俺の音頭に被せ、婚約破棄に乾杯と告げた後、俺よりグラスをかなり高めで『カチン』とグラスを当てると後輩は無礼三連続をなんのそのと悪戯が成功した子供のような目線で俺を見つめ、グイッとジョッキグラスを傾け一気に半分まで開ける。
「プハーッ、美味いっ!!」
実に美味しそうに生ビールを飲み『ダンッ』と生ビールの半分入ったジョッキをテーブルに下ろすと泡で口髭が出来ている事などお構いなしに満面の笑顔を見せる。
その光景はまるで今が一番幸せだと言わんばかりだ。
「高城先輩ーーーーっ!!グラス空いてないですよーーーっ!!」
そして絡んでくる。
コイツ、やはりというか何というか絡み酒の様である。
「あぁもううぜぇうぜぇっ!自分のペースで飲ませろっ!」
「本当は嬉しい癖にぃーーっんふふーっ。あ、店主ぅーっ!この刺身の盛り合わせと唐揚げを下さいっ!あと豆腐サラダっ!」
「はいよーっ!」
そして後輩はいつの間にメニューを決めていたのか店主にオーダーを言い、店主は厨房で小気味良い返事を返す。
その返事を聞いた後輩は満足そうにオーダーを言う為に捻っていた身体を正面に戻して頬杖をつき俺をとろんとした目で見つめて来る。
その表情から実は酒に弱いのでは?と思うも良い大人が自分の酒のペースを知らずに駆け走るなどという事はしないであろうと思いたい。
酔った上で駆け走るのは致し方無いとは思うけれども。
「それにしてもまさかここまで猫被っていたなんてな。入社当初なんかまるで警戒するハムスターの様だったぞ」
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