三人目・シリルのラタトゥイユ

 シリルのキッチンには多くの食材が並んだ。

 玉ねぎ、ナス、ピーマン、ズッキーニ、ニンニク、トマト、スクワッシュかぼちゃ、赤パプリカ。このうち玉ねぎとニンニク以外、すべてがマンドラゴラ種の野菜である。


「マンドラゴラ料理は、マンドラゴラの種類を増やせば増やすほど難易度が跳ね上がります。全てが無毒化される組み合わせで使っても、量の配分を少しでも間違えれば、やはり危険な中毒に陥ってしまう。あえてそこに挑戦しようというシリルシェフの自信がうかがえますね」


 料理研究家は饒舌にコメントした。植民大尉も、


「この数のマンドラゴラから声帯を取るのは相当な手間だ」


 と半ば呆れたように言う。


「まさか、これ全部一つの料理にするんじゃないよな?」


 冗談だろ、と植民大尉が笑うのもむべなるかな。一つの料理に六種類ものマンドラゴラが使われたことはない。

 いや、使われたことはあったが、食べた者は皆、死んだ。もしこれで一品作ろうというのなら、シリルは無謀な挑戦をしていることになる。だが。


「オレはこのすべてを野菜のシチュー、すなわち〝ラタトゥイユ〟にする」

「な、なんだってー! ラタトゥイユは日本ではあまりそうとは認識されていませんが、確かに立派な煮こみ料理。しかし、これほどの種類のマンドラゴラを使って、無毒の料理を完成させたものはいません。一体どうするのか……?」


 リナイはびっくり仰天しながら、半ば言わずもがなのことを解説した。その間にも、シリルは声帯の処理に着手する。

 それは芸術的な手際であった。伯爵令嬢すらも品良く「まあ」と吐息をもらすほど、洗練された手さばきと包丁遣い。

 シリルはフライパンを強火にかけると、熱が全体に行き渡るようオリーブオイルを回し入れた。


「ソテーはつまり、フラットなフライだ」


 彼の独り言はマイクにも拾われない。彼は各野菜の個性を活かすため、いくつものフライパンで一つ一つソテーしていった。

 ピーマン、赤パプリカ、玉ねぎ、ニンニクを鍋に合わせたら、トマトピュレ、塩、オレガノ、バジルといったハーブを加えて水を足す。

 こうしてできあがったラタトゥイユソースの上に、彼はスライスしたナス、ズッキーニ、スクワッシュを並べた。


 ここで味の決め手が、自家製〝アーブ・ドゥ・プロヴァンス〟だ!

 プロヴァンス風ハーブミックスソルトで、セイボリー、フェンネル、バジル、タイム、ラヴェンダーなどを使用しているが、配合のバランスは企業秘密。

 他、イタリアンパセリ、オリーブ、塩コショウを散りばめたら、野菜が焦げないよう蓋をしてオーブンで一時間。

 冷めても熱くても美味しい物だが、シリルは熱々のうちにサーブした。


 たった一品の料理、しかし完成していれば前代未聞の逸品。はたして結果は?

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