彼は勇者だから、

千羊

彼は勇者だから、

 五歳になると、職業ジョブを選べるようになる。

 それは当たり前のことで、私も何にしようかずっと迷ってた。


 職業ジョブは神殿で登録できる。

 五歳の時に表示されるのはいちばん適性のあるもので、歳を重ねると適性のある職業ジョブが増えるから、別にその時に選ばなくてもいい。

 転職はまれにみる奇跡の現象だから、みんな結構慎重に選ぶ。


 職業ジョブにはいろんな種類がある。

 剣士。魔術師。癒術士。錬金術師。教師。料理人。針子。細工師。

 戦闘系から職業系まで多岐にわたる。


 平民は職業系を選ぶことが多い。

 やっぱり安定した生活を目指したいからだ。

 平民の中でも戦闘系を選んで、魔物を倒しながら世界をめぐる人もいる。

 まあ、そういうやつはアホだなって思う。


 私の幼馴染もそのアホの一人だった。

 彼はへへっと子供っぽく笑って、魔物を倒して私を守るとかほざいてたけど、私はそんなのいらなかった。

 ただ、そばにいてほしかった。


 職業系の職業ジョブがかっこ悪いと彼は言ったけど、それがないと生活が立ち行かないわけで、私は別にそうは思わなかった。

 逆に、職業系を馬鹿にする幼馴染がかっこ悪かった。








 私は五歳の時に職業系を選んだ。

 癒術士だ。

 適性のある人が少ないそれは私には適性があったようで、珍しいから選んだ。

 怪我をして帰ってくる彼を少しでも治せればと思った。


 彼は十歳になってやっと職業ジョブを選んだ。

 魔剣士という、なかなか珍しい職業ジョブだった。

 彼は嬉しそうだったけど、私はうれしくなかった。

 これで彼は旅立ってしまうかと思うと素直に喜べなかった。


 でも、幼馴染は旅立たなかった。

 彼は村に残った。

 この頃、魔王復活の時期が近かったので、村周辺にも魔物が増えてきたからだ。

 彼は昔と同じく、へへっと笑いながら、守るよって言ってた。

 照れてるその姿はかっこ悪いけど、でも、いいなって思った。


 本格的に魔物が増えてきた。

 彼は村の中でも唯一の戦闘系だったから、魔物討伐に専念した。

 帰ってくるたびに彼はあちこちに傷を作った。

 大丈夫だって強がりながら、ちょっぴり涙目のその姿は少しだけかっこいいと思った。


 私たちが十五歳になったとき、幼馴染に異変が起きた。

 その日はいつも通り魔物狩りをしていた。

 いつも通り帰ってきてくれると思って村の門で待っていたら、彼は神妙そうな顔をしながら帰ってきた。

 いつも傷だらけの彼の身体はその日は無傷だった。







 彼は言った。

 自分は転職した、と。

 私は奇跡が起きたことに驚いたけど、彼はあまりうれしそうじゃなかった。




 彼は言った。

 自分は勇者になった、と。

 私はそれを聞いて、彼がここを離れなくてはいけなくなったことを悟った。

 でも、私は喜んだ。

 心の底から。

 彼に殺してもらえる、と。







 私も転職していた。

 あれは昨日のことだった。

 私は自分のステータスを見ると、転職していた。

 魔王に。


 私は焦らなかった。

 なんでかわからない。

 でも、彼に知られたくなくて焦らなかったのかもしれない。

 それとも、魔王になって理を知ったからかもしれない。


 この世界の理。

 それは、数年ごとに魔王という絶対的な悪を作って、勇者という希望で打ち砕くことだ。

 一つの共通の敵を持つこと。それにあらがう力があること。

 それが人間同士の戦いを阻止し、人間の繁栄につながる。

 私はその理の一部だった。


 私は人間の繁栄のための生贄だった。

 でも、ほかのだれでもない、彼に殺してもらえるならそれもいいかなって思った。








 彼は勇者になったので、村を出なければならなかった。

 王に謁見し、ほかの仲間たちと合流するためだ。


 彼は言った。

 好きだ、絶対にまた君に会いに来る、と。


 だから、私は笑って言った。

 好きよ、待ってる、私の勇者、と。


 勇者はみんなのものだけど、目の前の勇者は私だけのものだから。

 だから、少しだけ独占欲が出ちゃって、私の前だけは私の勇者だったらいいなって思ったんだ。


 彼は昔よりずっと、かっこよくなっていた。








 彼が去った後、私には魔王側生贄の人たちの迎えが来た。

 魔王側生贄の人たちには予言者の職業ジョブを持つ人がいるらしい。

 それで私を探り当てたのだ。

 私は彼らと合流して、転移で魔王領に向かった。

 初めてつかった魔王の魔法は使いこなせたけど、強大で危険なものだとわかった。


 私は魔王城で勇者を待った。

 魔王として、軍や魔物を動かしたり、勇者に奇襲をさせたりしたけど、やっぱり彼は倒れなかった。

 最初のころは結界がなくて、彼の勇士を覗いていたけど、最近は彼の仲間の結界のせいで、全く見えなくなってしまった。

 仲間の中に女の子がいるのはちょっぴり寂しかった。


 彼は魔王城にだんだん近づいてきた。

 同じ魔王側生贄の人たちも一人、また一人、と減っていき、彼が魔王城につく頃には予言者と私だけになってしまった。




 予言者は彼のもとに行く前に私に言った。

 未来は一つじゃないよ、と。



 私はそれを否定したくって、でもできなくて、ただ、またね、とだけ返した。


 その予言者もまた、彼にされた。






 彼はついに三年の時を経て、仲間とともに魔王城の謁見の間――玉座のある部屋まで来た。

 傷一つない彼は修羅場をくぐってきたことがわかる、きつい目つきで私を睨んだ。


 私は顔を隠す仮面の奥から笑って言った。

 待っていたわ、と。


 でも、彼は言った。

 お前とは会いたくもなかった、と。


 私はちょっぴり悲しかったけど、これで全部終わるんだって思って、勇者たちと戦った。

 魔王の私は五人を相手にしているのに、やっぱり強くって、努力して強くなった彼に少しだけ申し訳なくなった。


 勇者たちは強かった。

 彼は仲間の槍使いや癒術師の女の子と連携を取っていて、今更ちょっぴり嫉妬がわく。


 でも、理通り、魔王は倒された。

 彼らは奮闘の末、魔王を倒すことができた。

 私は、彼がこれで幸せになれると思って嬉しかった。

 彼に終わらせてもらえて嬉しかった。




 預言者は言っていた。

 勇者は癒術士の姫と結ばれるだろう、と。

 彼とお姫様はお互想いあって、幸せに暮らすそうだ。

 私の役目を取られた気分で悔しかったけど、彼が幸せになれる橋渡しになれるなら、いいかなってその時は自分を必死に納得させた。




 意識が遠ざかる中、彼は冷たく私を見下ろしていたけど、それでも、三年ぶりに直接見られた傷だらけの私の幼馴染はかっこよかった。



 だから、私は笑った。

 かっこいい彼が見れてうれしかったから。

 ちゃんと会いに来てくれたのがうれしかったから。

 これで、彼が幸せになれるのがうれしかったから。



 私は最後の力を振り絞って、彼の傷を癒した。

 小さいときみたいに、怪我している彼を少しでも治せればいいなって思って。


 彼は唖然としながら私に駆け寄ってきたけど、私の意識はもうほとんどなくて、彼は私の仮面を外すと泣いていて、情けない顔はかっこ悪いけど、その顔はみんなの勇者じゃなくて、私の勇者だなって思った。

 それがお姫様のものになるかもしれないのは悔しくて、悔しくてたまらないけど、今だけは私の勇者なのが無性にうれしかった。



 ぼやける視界の中、もう彼の声は聞こえないけど、前みたいに言ってほしくって、好きだって言ってほしくって、私は泣き顔の彼に手を伸ばした。





 彼は勇者だから、私は魔王だから、お姫様に彼を譲りたかったけど、やっぱり私はそんなに大人じゃなかったみたいだ。

 だから、彼に楔を打ちたくなっちゃった。

 預言者が言ったとおり、未来は一つじゃないから。





「好きよ。待っていたわ。私の勇者」

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