第13話・閃光のタケシ⑦
「シヨっちは遅いなあ。ボケてるけど時間は守るタイプなのに、どうしたんだろ?」
今しがたこの国の先代国王のシヨミを心配する声を挙げている男は勇者のタケシである。彼は安定の真っ裸で山奥に佇んでいた。
今日はシヨミと約束をしている彼だが、待てども待てどもシヨミは現れない。彼は心配が尽きないのである。何故ならば彼のマブダチたるシヨミが約束の時間になっても一向にその姿を現さないのだから。
事の経緯を説明しよう。
シヨミは前回の訪問でタケシにクマ鍋をご馳走になったわけで、彼は現在入院中となっている。タケシはシヨミのお見舞いをしたかったのだ。だが悲しいかな、彼は病院には入れない。
その事情を知っているシヨミは悩んだ。そこでシヨミが出した答えとは……。
『じゃあワシがお見舞いされに行けば良いんじゃね?』だったのだ。
どう言う事?
先代国王はお見舞いの意味を理解しているのだろうか?
「シヨっちがお見舞いの品を自分で準備するって言うから楽しみにしてるんだよ!!」
どうやらタケシの方もお見舞いの意味を理解していないらしい。
「高級アンパンを頼んでるんだか早くしてくれないかな!! 俺はアンパンに合う乳牛を準備したんだから!! 早く、早く!!」
相変わらず自分の欲望に素直な男である。シヨミはタケシのマブダチだったはずなのだが、タケシにとってアンパンの存在はマブダチを凌駕しているのだろうか?
それにしても彼は牛乳を準備していると言っていたが、自分の欲望にかけては周到さが徹底されている。だが彼は牛乳をどうやって準備したのだろうか?
牛乳と言えば持ち運び用の容器が必要となるはずだが、はて?
「モーーーーーーーー。」
…………まさかの直飲みスタイルだったとは。
そう言えば、彼は確かに『牛乳』ではなく『乳牛』と言っていたな。この男は本当に生活力があると言う他ない。
「あ!! こら、リンってば!! そこでうんこをするんじゃない!!」
この男、自分の家畜に愛する女性の名前を付けるとは、ゲスの極みである。
「こらこら!! 牛のうんこはバイオガス発電に利用できるんだからなるべく集めないと!! ああ、地球温暖化や地下水汚染対策の新たな一手を打つんだ!!」
珍しくタケシが学術的なことを言ってるが、どうしたのだろうか?
まさか本当に心を入れ替えて清く生きていこうとしているのであれば、微量ながら応援することを誓おうではないか。
「自家発電して麓の街に売り込めば大儲けできるぞ? この地域は電気が供給されていないからな、一山当ててやるんだYO!」
駄目だ、この男の心は金に支配されてしまっている。タケシは電力会社の社長にでもなろうと言うのか?
真っ裸の男が社長室でふんぞりかえる姿はなんとも見栄えしないものだ。
そもそも牛を一頭だけ飼育したところで地域一帯の電力を賄えるとは思えないのだが。
「後は俺ので傘増ししておこう。ふん……!!」
……何も見なかったことにしておこう。
「タケちゃん、お久しぶりね? にゃは♪」
「ん? あっれえ、リンのかあちゃんじゃないか!!」
タケシの前に突然現れた女性、小麦色の肌に透き通るような瞳。
かあちゃんことシヨミの側室にしてリンの母親。果てにはまあちゃんのねえちゃんである。付け加えれば彼女は先々代の魔王でもあるわけだが。
だが、それでも彼女はここリユツーブ王国の先代国王であるシヨミの側室。
気軽に外出して良い人物ではない。これはどういう事だろうか?
「うちの人が食中毒なのに病院を抜け出すって言うから代わりに来ちゃった。にゃは♪」
「あ、そうなの? シヨっちってそんなに悪いんだ?」
タケシは棒読みでかあちゃんに言葉を返す、さらに言えば彼は安定の鼻くそを穿る仕草を見せていることから……確信犯なのだろう。
死ねば良いのに。
「うん、なんかね私の言うことを聞かないからハラワタを引き摺り出しちゃった。にゃは♪」
……かあちゃんには悪気はないのだ。ないからこそ恐ろしいわけで。
流石は元・魔王である。
「ふーん。でもシヨっちは割としぶといからね? かあちゃんのその感じだと死んでないんでしょ?」
「うん。引きずり出してから戻しておいたから大丈夫だよ。にゃは♪」
そう言う問題なのだろうか?
この様な姿勢を見ているとやはり、まあちゃんと通じるものがあるとしか言えないだろう。あの妹にしてこの姉あり、と言ったところだろうか?
にゃは♪って……。
「まあ、良いや。俺もシヨっちと会いたい反面、心配もしてたから仕方ないよね?」
タケシよ、そんな事を言うのであれば鼻くそを穿るんじゃない。
「そう? じゃあ今日持ってきたアンパンはいらないのかしら? にゃは♪」
「いるいる!! いるって、それは話が別でしょう? ほら、かあちゃんが来ると思って準備した乳牛もあるんだから!!」
「うーん。私は牛乳よりも血が好きなんだけど、飲んで良い? にゃは♪」
「うーん……、ちょっと待って。今後この乳牛によって得られる利益の計算をするから。…………良いよ?」
「モーーーーーーーー!?」
「にゃは♪」
「え? かあちゃん、牛を一飲みにしちゃったの?」
「んーん。てじなーにゃは♪」
「ヤッベ。かあちゃんはやっぱり可愛いよね、その仕草とかリンにそっくりだ。」
「モー。タケちゃんったらお上手なんだから!! お礼にハラワタを引き摺り出しちゃうぞ? にゃは♪」
いや、モーって。かあちゃんはブラックジョークがお好きなようだ。
それにしてもこの会話、とても世界を救った勇者と元・魔王のものとは思えないだが? それに今、かあちゃんがタケシに向かって舌なめずりをしたように見えたが。タケシは大丈夫なのだろうか?
「かあちゃん。俺はシヨっちみたいにそっちの趣味はないんだよね。寧ろ俺は『お尻派』だし、リンのお尻は世界一イイイイイイイイイイイ!!」
タケシよ、お前はどこから軍隊の帽子を取り出した? そしてなに故帽子を被っているのだ?
あ、エア帽子でした。
アニメの見過ぎではないのだろうか?
と言うか、シヨミってハラワタを引き摺り出される趣味があるの? 本当にこの国の中枢は大丈夫なのかと心配してしまう。
「ふーん。まあ、良いか? だってシヨっちは直球ストレートの『おっぱい派』だし。タケちゃんって変化球タイプだから仕方ないよね? にゃは♪」
このかあちゃん、自分がお腹を痛めて産んだ愛娘を……変化球と表現したのか?
「かあちゃんもリンに妙なイメージを植え付け用としないでよ? モー。」
タケシよ、お前もブラックジョークを使うのか?
「えー? だってかあちゃんの方がリンちゃんよりも可愛いもん。私、今度アイドルデビューするんだ。にゃは♪」
「……ちょっと、その件について詳しく教えてくれる?」
「うん。私の妹がアイドルデビューしてるんだけど、そのプロデューサーから声がかかったの!! にゃは♪」
……どこの世界に歴代魔王が組んでアイドルデビューをすると言うのだ? しかしユニット名が気になるところだが……。
「それ絶対売れるじゃん!! 何々、いつデビューするの? なんてユニット名なの?」
タケシよ、お前は食いつき過ぎではないか? そもそもお前はお尻派なだろう? まあちゃんはどちらかといえば『おっぱい派』ではないか……。
「ユニット名はね『魔王少女』って言うの!! 私ね、この名前気に入っちゃた!! にゃは♪」
……いやいやいや。版権とかは大丈夫なのか?
「あ、いっけない!! もう日が暮れちゃうじゃない。そろそろ病院に戻らないと。にゃは♪」
「ええ……、折角来たんだからチューくらいしようよ。」
「それがね私がハラワラを引き摺り出しちゃったから、シヨっちが緊急病棟に移されちゃったの。私、お医者さんに大丈夫だって言ったのに……。ぶううう、にゃは♪」
いや、ぶうううって。確かに可愛いが怖くもある。
これが俗に言う『怖かわいい』と言う表現だろうか?
「そっかあ。じゃあ仕方ないか。アイドルデビューしたらチケット頂戴ね?」
タケシよ、お前もシヨミの親友なのだから少しは心配したらどうだ?
本日二度目となる、死ねば良いのに。
「じゃあまたね。デビューしたらチケット送るから楽しみにしててね。にゃは♪」
かあちゃんは清楚さを振りまきながら勇者の元を去っていく。去り際に妹と同様に勇者の頬にチューをしていくあたりが、血筋と言えよう。勇者はそのダラケきった顔で颯爽と走る彼女の姿を追う。そして彼は手を強く握りしめながら実感する。
ーーーーこれからはおっぱいの時代!! と。
……タケシよ、もはや生きかれないようにアンデットにでもなってくれないか?
人は時として友情を超える感情を実感する。それはなんの前触れもなく発生するダムの決壊のように現れる恋慕なり。恋慕は溜め込むと毒となり、人をダメにするが人の営みの礎となるは必定。これは厳しい冬を越すための勇者なりの雪の妖精への贈り物なのだ。
「タンポポは生命力の象徴ってね。」
勇者はタンポポでハーレムを形成する気満々である。
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