闇夜の街の光と影。

月ヶ瀬 千紗

1. 神崎 四季

肌に刺さる冷たい空気。その空気を切り裂くように街に響く笑い声や叫び声はこの街ではもう日常茶飯事。少し路地裏に入り街灯の無い場所まで来れば、ここは最早別世界。繁華街の1部だと言うのに騒がしさに欠ける。無限に続く静寂。

が、今日はその静寂を切り裂く様にヒールがコツンコツンと道路を滑りながら叩く音が響く。そして、そのヒールの音を追従する様に後ろに着いて行く金属のぶつかり合うカチャリカチャリという音。

ヒールの音の主は足を止めて、音の主は後ろを振り返り金属のぶつかり合う音を響かせていた音の主が視界に入れば「なにか御用ですか?」と問いかける。無表情…と言えば良いのだろうか。何の色も顔に浮かべずただ作業の様に問いかけていた。

「アンタが神崎四季か?噂に聞いていたのと違う気がするんだが…。」噂。神崎四季という名前の女子高校生程の女子が1人でチンピラを撃退してしまったという噂だった。彼女は惚けでもして否定してやろうと初め思ったが、流石に自分を態々探しに来た相手にそれをするのは可哀想だしただ相手が滑稽なだけで面白みの欠片も無いのでせずに「ええ。そうよ。」と何食わぬ顔で言葉を返す。「家、住まわせてやるから来ねぇ?無理にとは言わない。」この路地裏でその上耳に沢山開けられたピアス。そして、教えてない様な事すら見透かしそうな程鋭い赤い目。悲惨な火傷の跡のある顔の左半分。「貴方は、笹塚聖良。違う?」知っていた、と言うより聞いた事のある人間の情報をパズルの様に当て嵌めて行けば解ると言うだけだが…。そして言葉を続ける。

「貴方は月下組の組長。そうよね?その組長さんが私に何の御用?」相手の顔を見る。どうやら相手は目に出やすいタイプの人間の様だ。目に焦りの感情が出ている。それでも相手は平然を装って淡々と「ああ。知ってるなら話が早い。俺の組来ねぇか。」相手が赤い鋭い目で此方を見てくる。正直それが嫌ではあったが、流石に目を変えろとは言えない。ので今は相手の瞳に関して何も言及せずに、ただ相手の誘いに対する自らの答えだけ答える事とした。「遠慮無く入らせて貰うわ。」此方としても悪い話では無い。此方としてはこのチャンスを最大限に利用すれば、人生の目的を達成出来るかもしれないと思っていたので、快く承諾した。

相手は微塵も喜ぶ事は無く、ただ事務的に淡々と「着いてこい。」とだけ告げて、そのまま此方に背中を見せる。初めて会った人間に対して信頼しすぎだろ、と内心突っ込みたくもなるが相手の機嫌を損ねては行けないので、何も言わずにその後ろを着いていく事とした。


後ろに着いて、少し距離を歩けば屋敷というのには相応しい大きな建物がそびえ立って居た。大きいのは建物だけでは無く、車も庭も大きく周囲の家と比べると異色を放っていた。門の前に立つガタイの良い男の間を通り抜ければ「お頭、お疲れ様です。」と声がかけられる。そんな光景を見ていればこの抜けている男でも組は成り立つのだな…と思い知らされた気分になる。特に門番に声をかけることも無くそのまま通り過ぎて屋敷の扉を乱雑に開き屋敷に足を踏み入れる。

廊下を歩いていればペコペコと此方に頭を下げる人間に沢山すれ違うが全て無視をして歩いて行き、2回の廊下の一番端の部屋のその隣の部屋を案内される。「お前の部屋は此処だ。勝手に使え。」鍵が此方に向けて投げられると鍵をキャッチしその鍵を扉に差し込む。差し込む時ふとドアに付いている看板を見れば、そこには『側近自室』と書かれていた。驚きのあまり思わず「側近…」と呟くが相手は上からものを言うような態度で「くれてやるよ。」とだけ言った。自分で良いのだろうか…と思ったが相手の事だ。何か考えがあるのだろう。「何かあったら俺の部屋にでも来い。その鍵。無くすんじゃねぇぞ。マスターキーだからな。」短く「そう。」とだけ返事をして、そのまま部屋の扉を閉める。足音が遠ざかって行くのを感じる。


拾われ、組に入ることになるのは想定内だった。が、側近になるのは想定外だった。相手が立ち去ったのを確認すれば部屋で大きな溜息をつく。何故人前で溜息をついてはいけないのか彼女は知らなかったが母親にそう教育されてきた以上それしか知らず、そうするしか無かった。嫌なぐらいに整頓されていて、全ての必需品が揃っている部屋。昔家族4人で住んでいた家みたいだった。欠如を許さない…というか作り物の様に完璧に作られている…というか。けれど不思議と嫌では無かった。本当は嫌だったのかもしれないが、少しの間部屋に滞在すれば慣れてその完璧さが昔を思い出させる。昔住んでいたあの家と酷似していた。全てが完璧である。人為的に作られたセットの様に整う家具。作られた空間。自然と愛着が湧く。私は綺麗に皺1つ無いように整えられた白いシーツの上に寝転がる。何だか妙に懐かしく思えた。

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