第2話

 週末の夜、珍しく暇を持て余していそうなSNSで知り合った友人を見つけて声をかけた。

 この友人とのビデオ通話は久しぶりだ。

 小夜子は張り切って夜食の用意を始める。

 市販の菓子を戸棚から取り出してパソコンデスクに置くと、お気に入りのマグカップにお茶を入れる。

 ヘッドセットをつけて、ビデオ通話の開始ボタンをクリックする。

「やっほー」「ちぃーす」

 明るく声をかける小夜子に友人梨花はテンションの余り変わらない挨拶を返した。

「久しぶりだね!元気だった?」

 SNSで状況は知っているが一応ここはそう聞いておくべきだろう。

「まぁそれなりに」

 濁すような言葉に何かあったのかなと少し引っ掛かりを感じた。

「良くも悪くもいつも通りだねぇ」

 ああ、要するに大した事件もないということか。

 ふむと小夜子はお茶を口に含んでパソコンの画面を見る。

 ビデオ通話といえ顔出しを嫌う梨花はいつもアイコンだ。

 表情のわからない相手と話すのは空気を読むのにも骨が折れる。

「なんか最近よくハンドメイドあげてるねぇ、順調そうじゃん?」

 梨花の話題に小夜子は少しだけ見栄を張った。

「そうなのよ、最近ようやく色々注文入ってね、でもわがままなお客も多くて大変よー」

 フリーランスで仕事をする梨花はネット開業をかなり昔に経験しているらしく集客の苦労は知っている、それだけにそう返すと朗らかに「頑張ってるねぇ。」と明るい声が帰ってきた。

 実際はそんなに軌道には乗っていないが、そんな事を梨花にはバラしたくはない。

 小夜子は話題の転換を試みた。

「そうだ!聞いてよーこの間取引先の店長にさぁ『呑みにいこう』って誘われちゃったのよー」

「へえ?で、行ったの?」

 画面越しに小夜子はブンブンと首を振る。

「行かないよう。だって向こうは奥さんいるし、私も奥さんとは仲がいいし。」

「ありゃ。じゃあ奥さんの方が友人って感じなの?」

「うん、二回ほど店先で話したんだけどね、連絡先に名刺も貰ってあるの。」

 ここで梨花の気持ちを作者が代弁するなら「それは友人ではなく単なる知り合いでしかも仕事上の当たり前の挨拶では?」となるだろう、全くその通りなのだ。

 だが小夜子にとっては二度顔を合わせて立ち話に花が咲けば友人なのである。

「常識ないよねえ」

「奥さんも一緒にって言えばよかったんじゃない?」

「だって向こうは二人で行きたがってたみたいだし。」

「呑みにいこうってだけでしょ?」

 梨花の返事に少し不快になりながら小夜子は手近かな菓子を空ける。

「そういう空気?みたいなのあるじゃん?」

「さぁ、私そういう時はすぐ奥さんや店員さん居るなら誘って飲み会は大勢にするからわからんよ。」

「梨花はそうだよねぇ。」

 彼女の振る舞いは直に見た訳では無いがそういう場面で切り返しは上手いらしい、小夜子から見れば相手への配慮が足りないと感じるのだが、そういう部分も彼女の人好きのする一つなのだろう。

ひと言から色々なものを推察するという風にはならないらしい、小夜子はまた少しの違和感を茶で流し込んだ。

 が、作者としては小夜子の想像力の逞しさの方があらゆる意味で確かに凄いと感じはするのだ。

 この友人は小夜子より五つ程歳上であり、破天荒な面の多い彼女にはいつも話に手応えを感じない。

 しかし、久しぶりの直接の会話に小夜子は話題をアレコレと探してみる。

 彼女が好きそうな話題...ふと思い立ち、最近の出会いについて彼女に問いかけた。

「梨花の方は何かいい出会いとかあった?」

「出会いも何も、私ずっと彼氏居るし子供も居るからそういうのはないね。」

 一蹴にされた。

「そっかぁ。」

「最近は趣味の方が楽しくて、やりたい事優先させてくれるからいつも助けられてるよ。」

「そういう人が私たちには、合うよねぇ。」

 梨花の言葉に同意すると、小さくヘッドフォン越しに梨花が笑った気がした。

「そうだ、この間見つけたウェブショップで可愛いボタン見つけたんだよ。ここ結構貝類のボタン豊富だったよ。」

 梨花がサイトアドレスをチャット欄に貼る。

 小夜子はリンクをクリックしてそのサイトに行くと梨花の言う通り通常よりは安価で単位も低く貝類のボタンがわんさかと並んでいる。

 ムッとしながら小夜子は彼女に別のウェブショップのサイトアドレスを貼った。

「ボタンならこっちも可愛いんだよー。」

 梨花は今でこそ違う業種に居るのだが以前店舗を立ち上げていた頃には服飾関係にも通じていたらしく、ハンドメイドでウェブショップを立ち上げている小夜子にも有益な話をよくしてくれるのだが、小夜子としては既に服飾やハンドメイドが趣味程度という彼女に紹介されるのが理由らしい理由もなく不愉快になってしまう。

 張り合うつもりはないはずが、つい紹介したウェブショップを褒めだしてしまった。

「ここ、ちょっとリーズナブルだけど白蝶貝っぽいボタンもたくさん扱ってるんだよー。」

「いいね、安くて形のバリエーションが出来るのは樹脂ボタンの強みだなぁ、ちょっとハートとかアクセントになる感じのボタンは使ってみたくなるね。」

 梨花の言葉に満足しまた菓子を頬張りお茶を飲む。

「量作るならここは良いね。」

 そう、梨花の紹介したウェブショップのボタンは本物の白蝶貝だ。

 拘りがなければ早々利益重視の販売には向かない。

「ハンドメイドだとボタンも拘れるし、一点物って意味でも買う方は高くてもオートクチュール選ぶ人が居るんだよね。」

 梨花の言葉に苦虫を噛み潰す。

 小夜子も勿論SNSに上げるものには良質の材料を使った作品にしているが、そういう部分を見透かされた気がした。

「話題変わるんだけどこの間友達に恋愛相談受けちゃってさぁ。」

 急な舵切りにも画面の向こうで動揺は見られない。

「もう恋愛相談とかって言っても私にどうしろって思うじゃん?」

「聞いて欲しいんだろうねぇ。」

「わかるんだけどー。たくさん来られたら私も自分の事出来なくなるしさ。かと言って悩める乙女は放っておけないじゃん?」

「いや、ほっとくよ。」

 梨花の連れない返事を小夜子は受け流す。

「それでね、めっちゃ我儘な彼氏さんに振り回されてる子が居てさぁ、もうそんな人別れちゃいな!って言ったんだけど、まだ好きだからとか言ってんの。どう思う?」

 どうもこうもない。所詮はその子の話を又聞きしているだけの梨花の気持ちを作者が代弁するならば「知らんがな」でしかないだろう。

「まぁ好きなら仕方ないんじゃない?愚痴りたいだけなんだろうし。」

「何とか解決してあげたいじゃん!」

 余計なお世話だろう。

 小夜子は熱を入れてその「彼氏さん」とやらの悪行を並べ立てる。

 が、梨花はどこ吹く風と言わんばかりに受け流している。

「まぁ本人が別れないって言ってるなら外野は精々愚痴を聞くぐらいじゃないの?」

「そうなんだけどさぁ。あ!それと前に彼氏欲しいって言ってた子がさぁ、また新しい彼氏出来たって写真送ってきたんだよ!見てみる?」

「いや、別に見ないよ。」

「いいからいいから、ちょっと見てみてよ。」

 梨花としては知りもしない小夜子の友人の彼氏など見せられても困るしその写真は本来ならば赤の他人である梨花どころか他人に見せるべきではないという事には小夜子は頭が回らない。

「めっちゃ仲良し!って写真じゃない?」

 画面に共有させた写真には仲睦まじい男女が映し出された。

「仲良くていいんじゃない?」

「違うの!これ送ってきた三日後に別れたんだって!」

 梨花の気持ちを作者がまた代弁しよう。「私は一体何を見せられたんだ?」きっとこれに尽きるだろう。

着地点のない話は延々と続き、他者から如何に恋愛相談を持ちかけられるかその労を切々と語ると小夜子は満足気に、

「私って恋愛上手にみられるらしくってさぁ、すぐ頼られるんだよねぇ。梨花もなんかあれば私に話してくれて良いよ?」

 絶対話さないと梨花は堅く決意をし直したことだろう。

「とりあえず小夜子は自分の恋愛の方何とかしなよ。」

 そう釘を刺されて、長々と続いたビデオ通話が終わった。

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