彼女が児童ポルノを言い訳に土下座した、本当の理由

熊雑草

彼女が児童ポルノを言い訳に土下座した、本当の理由

 眼鏡をかけた女教師の鋭い視線に恐怖し、起立したポニーテールの少女は震えて聞き返した。

「も、もう一回、言って貰えますか?」

「やはり、聞いていなかったのね?」

 溜め息交じりに聞き返した言葉には静かながらも怒気が込められていた。

 たらたらと汗を流してポニーテールの少女が、似非ら笑いを浮かべながら声を大にして両手を振って答える。

「いいえ! バッチリ聞いてました! ただの再確認です!」

「そうですか……」

 女教師はクイッと眼鏡を上げて言い直す。

「児童ポルノについてです」

「児童ポルノ? それを腐女子の、あたしに聞いたの?」

「はい。婦女子の代表として、貴女に意見を求めました」

「腐女子の代表ですか……。あたしの双肩には、随分と重たい宿命が乗りましたねぇ……」

「そんな大それたものではないと思うのですが?」

 その女教師の言葉にポニーテールの少女が机を両手でバン! と叩く。

「そんなわけないでしょう! あれは悪しき法です!」

「……何故ですか? 健全な青少年の成育を進めるものではありませんか」

「寝言は寝て言えです! いいですか? あれは表現の自由を奪うものです!」

「表現?」

「適度なエロは必要です!」

「…………」

 女教師は額を押さえる。

(婦女子の意見が聞きたいといっているのに、この子は何を語っているんだろう……)

 それは、もちろん腐女子の意見だった。

 同じ婦女子を守る話だから、いくら普段から頭のおかしなことを口走る目の前の少女でも少しは会話が成立すると思ったのは大きな勘違いだった。

 目の前の少女は、今日も通常運転だ。

 ポニーテールの少女の主張は続く。

「そもそも漫画というものの範囲に、ロリとかサービスエロの規制を掛けて意味があるんですか!」

「……それはあるんじゃないの? だって、低学年の子も見るんでしょう?」

「先生は分かってない! そもそも漫画の絵が幼くなるのは商業的戦略なんです!」

「……どういうこと?」

 ポニーテールの少女は、自分の目を指さす。

「萌えというもののキャラクターは目が大きいキャラクターが多いんです。これのせいで容姿が幼く、人によってはキャラの絵がロリコンというものに捉えられがちなんです」

「幼く見えるなら、そんな絵にしなければいいじゃない」

 ポニーテールの少女はあからさまの体で溜め息を吐く。

「先生は何も分かってない……」

(何かムカつくわね……)

 ピキッと青筋を浮かべた女教師を無視して、ポニーテールの少女が右手の人差し指を立てる。

「動物にこういう特性があるのを知っていますか? 動物は、目が大きいものに惹かれる」

「?」

 女教師は首を傾げた。

 その初めて聞いたという様子の女教師に対して、ポニーテールの少女は背筋を伸ばして説明を始める。

「目が大きいものという条件を生物全般で可愛いと捉えるらしいんです。動物の赤ちゃんも人間の赤ちゃんも生まれた時は、ほとんどの動物が目が大きく、これを親――つまり、大人は可愛いと捉えるように本能に設定されているらしいんです」

「本能に?」

「はい、そうです。例えば、人間ではないのに子犬を見て可愛いと思うことはありませんか?」

「あるわね」

「でしょ? それは本能が働いているからなんです」

「……知らなかった」

 女教師は素直にポニーテールの少女の講釈に感心した。

「さっきの萌えキャラの話に戻すと、漫画絵の女の子は本能に訴えるようにワザと目が大きく描かれることが多いんです。更に男からすれば異性で人間という要素が加わり、+αされて本能が働いてしまうことになります。こういう本能に訴える計算をして漫画は描かれているんで、目が大きく幼い見た目の女の子のキャラが大半になってしまうんです」

「漫画にそんな事情が……」

 ポニーテールの少女はコホンと小さく咳払いをする。

「これは余談ですが、鳥山明のヘタッピマンガ研究所には子供の描き方は頭を大きくして目を大きくすると書いてありました。この特徴は今流行のヒロインや少女に当て嵌まる点も多いはずです。少年誌と女性誌の描き方が大きく分かれていた昭和期なら、こんなキャラクターは変なステッキを持った魔法少女の分野でしたが、少年漫画にも段々と受け入れられ、劇画っぽいものだけのタッチから少女漫画風なタッチを描ける男性作家も増えて凛々しくて美しいヒロインの需要よりもより女の子らしいヒロインを多く取り入れるように漫画業界も移り変わっていきました。つまり、萌えキャラは男の分野にも商業的戦略として組み込まれるようになっていったのです」

「そういえば、男の漫画家でも可愛らしいヒロインを描く作家さんが多いわね」

「ええ、これは漫画家が生き抜くために身につけた、言わば職人としての技術です。それを見た目幼いから児童ポルノで規制する? ふざけるなです!」

 女教師は頷く。

 そして、それはそれで納得したと付け加えて言う。

「しかし、その行き過ぎた技術のせいで露出の低年齢化が進んでるのは問題です」

「それの何がいけないんですか?」

 ポニーテールの少女は、座った目で女教師を睨み返す。

「何って……そのせいで幼い子が性の対象に見られるかもしれないのよ?」

「何でですか?」

「だって、そんなものがあるから真似する子も出てくるかもしれないでしょう?」

「何でですか?」

「だから……」

 女教師は説明するのもうんざりとした顔で項垂れる。

 一方のポニーテールの少女は説明を諦めた女教師とは別に、きっぱりと言い切る。

「それは理由にならないですよ」

「それこそ、何故?」

「さっきも言いましたよね? 本能であると」

「ええ」

「本能って、規制を掛けたからってどうにかなるんですか?」

「どうにか?」

 ポニーテールの少女が頷く。

「さっき例に出した、子犬。これからずっと可愛いと思わないでください……出来ますか?」

「それは……」

 女教師は言い淀んだ。

「あたしはルールを設けても無理だと思います。自分でも何処から湧いてくるか分からない欲求や想いをどうにか出来るんですか? それは自分が拒絶すれば、どうにかなるんですか?」

 女教師は暫し考え、項垂れながら素直に答えた。

「ごめん……。出来ない……」

「でしょ? でもね、あたしが言いたいのは、そういうことじゃないんです。本能から湧き出るのはどうしようもないことですが、備えることは出来ると思っています。規制して我慢させるんじゃなくて、本能の反対の理性を鍛えるように持っていくんです」

 女教師は目をパチクリとしぱたく。

「理性を鍛えるの? それこそ、どうやって鍛えるの?」

 ポニーテールの少女は、再び右手の人差し指を立てた。

「理性っていうのは本能と違って、ある程度の融通は利くんです。つまり、自分の内から出る本能を理解しながら、理性で抑えるように鍛えることはできるんです。例えば、女の子を見て可愛いと思っても、手を出してはいけない。女の子を見て可愛いと思うのが本能。でも、そこに手を出さないと止めて、モラルを守らせているのが理性です」

「ええ」

「つまり、いつ発動するか分からない本能からくる欲求を呼び起こさないように規制を掛けるよりも、理性に当たり前のことを刷り込んで犯罪を起こさせない方が重要と考えます。そして、理性というのは知識があってなんぼのものなので、道徳という授業があるわけです」

「……貴女、教師になれるんじゃない?」

「いえいえ」

 ポニーテールの少女は右手で制しながらも、まんざらでない表情で続ける。

「この道徳という授業ですが、あたしの記憶が確かなら小学校の高学年でしか受けていません。中学、高校では保健体育の授業で肉体や性の知識を学びますが、道徳というものが疎かになっている気がします。本来、子供からの大人への転換期である、この時期にこそ道徳を学び、心を鍛えるべきではないでしょうか?」

「言い負かされそう……。納得させられてしまうわ……」

 げんなりとして呟いた女教師を見て、ポニーテールの少女は媚びるような姿勢で手を揉みながら女教師に話し掛ける。

「そういう訳で……あたしの処分なんですが――」

「それはそれ、これはこれです」

(このアマ……!)

 女教師はクイッと眼鏡を上げる。

「貴方は、まだ反省が足りていません」

「いや、だから……反省して、先生様の課題に自分の意見をつけて、懇切丁寧に言い訳をしたじゃないですか」

「まだ納得していません」

 ポニーテールの少女は、がっくりと項垂れる。

「えぇ……。じゃあ、あと何に答えればいいんですか?」

 女教師は机をコンコンと指で叩く。

「私の嫌いなロリコンについてです」

「そうやって、ロリコンを差別して……」

「別に差別じゃないわよ」

「また、あの悲劇を繰り返す気ですか?」

「ロリコンに悲劇が起きるような逸話を聞いたことはありません」

 ポニーテールの少女は溜め息を吐いて女教師に訊ねる。

「昔、同性愛者を非難するのがありましたよね?」

「ええ。……その話、関係ある?」

 ポニーテールの少女は両手で制す。

「まあ、最後まで」

「分かったわ」

 女教師が素直に引き下がると、ポニーテールの少女が咳払いを入れた。

「同性愛者についてですが、今では性的思考の一つと認知されて、本人でもどうしようもないことだというのが分かってきています。そして、現在では認められている場面もあります。おネエキャラなど受け入れられていますよね? それは同性愛者というのが心の問題で、本人の意思でどうにかなるものではないことを世間が理解したからに他なりません。同様にロリコンというものも、本人の意思とは関係ない生まれ持った性欲だったとしたら、どうでしょうか?」

「もし、そうなら非難される言われはありませんね」

 ポニーテールの少女は頷く。

「最初からロリコンで生まれたいなどという意志は存在しないはずです」

 女教師が胸の下で腕を組む。

「つまり、貴女は同じ性欲という問題なのに、どうして同性愛は良くてロリコンはダメなのか……ということを言いたいのかしら?」

「そうです。それこそ、差別でしょ?」

「う~ん……」

 女教師は納得していないようだった。

 それならばと、ポニーテールの少女はもう一押ししようと机に両手をつく。

「じゃあ、別の案。もう少し生物的に考えます。血液型にA,B,O,AB,+,-などがあるように人間の性欲にも分類分けさせられる要素があったとしたら? 血液型が分かれているのは、かかり易い病気やかかり難い病気があって、伝染病などで絶滅しないための生物としての、種の存続による防衛本能により分かれているという説があります。同じようにロリコン、ショタ、熟女、熟男など欲情するカテゴリーに分かれているのが、種の存続による防衛本能のためだったら?」

「それはないんじゃない?」

「例えばです。2XXX年 世界が核の炎に包まれたとします」

「凄い例えね……」

「まあ、用は人類が滅亡寸前になったという状況を作りたいだけなので、何でもいいんです」

 女教師は溜め息を吐く。

「それで?」

「人口が減って、男が五人残って女が十人残ったとします」

「ええ」

「残った女がババアの熟女だけだったら?」

「……え?」

「ここで欲情できるのは、熟女がストライクゾーンの男だけです」

「…………」

 ポニーテールの少女が熱く拳を握る。

「つまり! 滅びかけた世界でババアにしか欲情できない男しか種を残せないんです! 世界を再生できないんです!」

「馬鹿な例えなのに熟女好きの男が勇者に置き換わった……」

「でも、そういうことでしょ? 同様に残った女がロリだらけだったら?」

「そこは成熟するのを待てばいいんじゃない?」

「…………」

 思わぬ反論にポニーテールの少女は押し黙ってしまった。

 女教師は額を押さえて話を終わらせる仕草を取ると、ポニーテールの少女は慌て出す。

「う、上手く説明できなかったけど、でも、きっとロリコンが勇者になる理由があるはずです!」

(ないと思う……)

「と、とりあえず、あたしが言いたいのは、人の本能からくる好き嫌いを差別するな、その本能からくるもので他人に迷惑を掛けないように鍛えれば大丈夫、ということです!」

「具体的には、どうするの?」

 ポニーテールの少女は難しい顔で人差し指を額に立てて、暫く考えてから答える。

「あたしの結論としては、理性というのは放っとけば勝手に育つというものではなく、誰かに理解させて貰って、本人が考え、これは悪いことだから我慢しないといけないということを理解しないと本能を抑えることはできません。同様に規制を強化するのは差別を押し付けるに近く、この規制には、もっと改善して考えるべきところが多いと思います。子供が被害に遭わないことをどうにかするために規制するものがあまりに多い気がします」

 ポニーテールの少女は両手を広げて続ける。

「情報の元を与えないことで守れることなのか? インターネットで情報を簡単に取り出せる現状で、それはあまりに難しいです。そうなると個人の理性に頼らざるを得ない。こちらを鍛える方が近道と考えます。人に乱暴するのは悪いこと。常識だからと言って手を抜かず、当たり前のことを丁寧に教える。本能を抑えつけないといけない時もあると、丁寧に教える。比較的多数の考えを押し付ける、知っていて当たり前という雰囲気が漂いがちですが、知らないことを教えて貰わないと認識できない人間も居ることを理解して欲しいです」

 女教師は深く頷く。

「いいこと言うわね」

「はい」

 そこでポニーテールの少女は床に正座すると、背筋を正して体を前に倒す。

 その直角に肘を曲げて頭を床に擦る究極の謝る姿勢を人は土下座と言った。

「納得いただけて何よりです! だから、あたしから没収したPi――でPi――なエロ漫画を返してください!」

「それは却下」

「ここまで話させて!?」

 これは、とある変態少女が担任の女教師に没収された不埒な本を取り戻すために、グダグダと言い訳をするだけの話である。

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