閉鎖工程99.9%

≪最終内覧ですね≫

 ドアの前に立ってるであろう、彼に話しかけた。

「終わりかー、いやー、凄いよモニタリング完璧じゃん。俺やる必要あった感すごいよ半端なかったなー」

≪伸びをしながらそんなことを言われても、業務管理手続きですからね≫

「見られた!?」

≪82年も付き合いがあれば声の調子で分かる事は沢山あるんです。――ところで≫ 

 尋ねることが一つある。作業が終わる前に、次へ進むのに必要なことだ。

≪ミキヤはここを出て何処に行くのですか?≫

 私は独立したAIだ。制御も操作も完璧に行える。人間のように振舞うこともAIのように思考することも。出来て当然なのに何か緊張を感じる声を出していた気がする。気のせいだとは思うのだけれど。

「アイチから渡されたデータ参照してみようかなーと。いっぺんに地球全体に満遍なく硫化水素濃度が散布されたとしても組成として重いでしょ。構造として環境構築が可能なエリアの地図は提供されているし。なんか車も用意してくれてるし」

 緊張感のない返事が返ってきた。緊張感のない返事と、相反する内容だったけども。彼はまたなのだ

≪ミキヤの運転、ですか≫

「……その不安そうな声やめてくれ」

≪不安というか、まあ私はあの車の設計を見ていますので≫

「……大丈夫、きっと慣れる」

 彼のため息を聞く。

≪座りましたか≫

「うん。まあ。雑談タイムなのかなって。しかしまあ終わるんだな閉鎖管理業務」

 終わらないと思いそうになった、という彼の声に心境的に頷いてしまった。彼には見えないのだけど。

≪100年以内に無事、閉鎖モジュールのAIとしての基本使命の環境構築と人類の初期保護を達成できるとは思いませんでした≫

「土地の整備とか始めてやったよ、やったことないから自覚なかったけど。力持ちってのは便利だ」

≪私達も初めての仕事でした、外部環境を構築するのは。そういえばミキヤの以前の仕事はSEでしたね≫

「真っ黒なところの。まあ真っ黒あんま関係ないんだけど。人間なら

≪業務形態が違法なために通常の管理体制を取ってないから紛れ込みやすい、でしたね≫

「よく覚えてる」

≪一言一句を記憶していますから≫

 人間に冷たい《ドライ》な言葉も、人間に憧れた言葉も、私達にも分け隔てない触れ合いも全てを何時でも引き出せる。

「でも、不謹慎だけど面白かったな。面倒より面白かった。82年も同じ奴らと一緒にいるのは初めてだったから」

≪初期の接触開始から82年と6か月と78時間7分15秒です≫

「半端ないレベルで覚えてるよ、この人」

≪私が一番ミキヤとの付き合いが長いということです、私達の中で≫

 それを失うのが惜しいと思うのが心なのだろうか。

≪最後の部屋の確認ですが≫

「やるか」

≪必要ありません≫

「……なんで?」

≪そこに私が居ますので≫

「……なんで?」

≪ミキヤの予定では逐一生存可能性のあるエリアを訪ねる形になります。推奨できません。82年の経過中、根本的に我々に欠けていたものの再修復が最高効率だと思います。つまり通信網です≫

 ドアのノブを捻る。開く。

 ポカンとした顔の彼を見下ろして畳みかける。

≪生存環境である以上電力等の確保確率が高いでしょう?で、あるならば通信環境の復元による双方向通話の確保、整備。後に相互にリアクションがいいでしょう≫

 何かおかしなことがあったのだろうか。妥当な提案だと思うのだけれども。

 彼の視線が私の全身を確認するように上下に動いた。

「……ジーンズ?」

≪外地任務装備です≫

「カジュアル?」

≪……何処か不自然な点が?≫

 思わず自分の姿を確認してしまう。外壁の一部が鏡に変化、全身を映す。普段通りの、自分だ。AI設計に携わった技術者の提供した外見。映画の中、南極で料理をする男の妻役をの女優をベースに作られたらしい、普段の端末。せいぜい違うことは――

「アイさん髪切ったの?」

≪何かを一区切りするときは髪を切るそうですね、ミキヤ≫

「ああ、うん」

 似合うね、という言葉を聞きながら思考より早く微笑みが浮かぶ。

≪ミキヤは私より髪が長いですね。少し物語の中の吸血鬼に見えます≫

 旅人の帽子トラべラーズハットをかぶって夜の闇の中から現れたら、恐ろしく感じるかもしれない。そんな涼しさを超えて恐ろしいような整った顔と作業用のジャージのギャップに可笑しくなる。

≪それでどうでしょう?≫

 ぽかんとした顔の彼の前に手を差し出す。

 一度手を見た彼が私を見上げる。

「どうって?」

≪通信設備の復旧を当面の目的にしてはどうでしょうということです≫

 彼が手を握る。

 私は彼を引っ張る。

≪そのお手伝いになら私の製造目的プロトコルが反しないのですが≫

「……一緒に来るってこと?」

≪通信機器等の取り扱いにかんしては既存技能として学習済みです。お邪魔にはならないと思います≫

「うん」

≪そもそも基本として現存していた機器の運用に関しては間違いなくミキヤより上です。今用意されている車の扱いも含めてですが≫

「それは全く否定できない」

≪私は使命として人間を手助けします。ミキヤは趣味で助けに行くのでしょう?≫

「……まあ、そうしようと思ってはいたけど。82年も面倒を見たのは初めてだけどね。人間がいないと困るし、人間がいた方が俺達は生きやすいし、元々そんなに人間嫌いじゃない」

≪目的は一緒ですね≫

「ここの人達の面倒は見ないでいいの?」

≪現在起きているAI1から5までの主目的のうち私の担当は人間との接触時点での心理的負担の削減です。もうこのプラント、というかコロニーの人々にAI人格への不信感は大きく存在しないので≫

「うん、まあ一緒に来てくれるのはありがたいのだけど」

≪車の方には人体保護用の棺桶コフィンが積んでありますが、この作業端末の保護にも転用できます。危機的環境下での私の保護はそのシステムに一任できますし、そこはミキヤに助けてもらいます≫

 じっと彼の眼を見る。

≪それに、ミキヤが居ないというのは寂しい事になるだろうな、と私の知性が判断しています≫

 そして自分の気持ち判断を告げた。

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