第46話 新たなる試み
「……報告を」
「頑張りました、以上」
いつもの支部長室で、そんな会話がくり広げられた。
今回の依頼は王宮に対しての嫌がらせ。
もしくはウォーカーの存在意義を知らしめる事が主だったはずだ。
ならば十二分に効果は発揮できたと思うんだが。
「苦情が殺到している……“勇者”に向かって攻撃した人物が居るとか、人が集まり過ぎて勇者が手を下せなかったとか」
「なら“勇者様”に伝えておけ。 未熟者のクソ野郎がってな」
「やはりお前が原因か……」
はぁぁ、と溜息を溢しながら彼は革袋を投げてよこした。
開けてみれば、白金貨が3枚と金貨が数枚。
「良いのかよ?」
「お前たちは十二分に働いてくれた。 状況も一応聞いている。 戦死者は……聞くか?」
「聞かせろ。 なし崩しだが、俺が指揮を取っちまったんだ」
「お前が責任を感じる必要は無いんだがな」
そう言ってから、支部長は現状を教えてくれた。
前回の戦場で、戦死者は五名。
数字だけ見れば、かなりの戦果だと言えよう。
数百を超える魔物、魔獣に対して戦死者はたった五名。
その全てがウォーカーであり、国への被害は皆無だと言えるそうだ。
……だから、なんだ?
俺は五人も殺したのだ。
「深く考えるな、お前は良くやった」
「だとしても、だ。 俺は五人も殺した上に、ソイツに関わるヤツらを不幸にした。 それは変わりねぇ」
「その五人は“勇者”の攻撃の反射を喰らった者達だ、お前のせいではない。 それ以外は、全員無事だった。 重傷者も居たが補助のほとんどを回復に回したのが功を成したんだろう。 責任は無暗に魔法を放った勇者にある、王宮側は否定しているがな」
「だとすりゃ、頭を下げに行くのは俺だ。 残された奴には、責める相手が必要だろ」
「いや、頭を下げるのは私だけだ。 コレ以上私の仕事奪うな」
そんな会話をしながら、時間は進む。
両者ともに責任を取ろうと、譲らない話し合いが続いていたその時。
「キタヤマさんは、何故そこまで自分に恨みを集めようとするんですか?」
部屋の隅に待機していたアイリが、急に声を上げた。
非情に悲しそうな顔、それでもどこか怒った表情を浮かべながら。
「何故自分一人で、責任を取ろうとしているんですか? 今回の件はそもそも貴方が全体のリーダーとして任命された訳ではありません、周囲が勝手に貴方を祭り上げただけです。 それに死者の原因は“勇者”。 だというのに、何故貴方が責任を感じる必要があるんですか? 貴方は他の人間を救ったのですよ? 五人を殺したんじゃない、他の数十人を救ったんです」
何処までも悲しそうな、今にも泣きそうな表情で彼女は問いかけて来た。
「だとしても、だ。 一時的に場を預かっていた身なら、俺にも責任が伴う。 そして俺の知識、判断不足で五人も殺しちまった。 だったら、詫びを入れなきゃいけねぇだろ。 無関係だなんて口が裂けても言えねぇよ」
「貴方達は“異世界人”なんですよ!? こちらの情報が少ないのなんて当たり前じゃないですか! それなのにコレだけの大規模戦闘を五人の死者で納めた。 ソレだけでも語り継がれる程の偉業ですよ! なのに何故、悪い噂ばかりを流す様な真似をするんですか!」
「残された家族や仲間に何の関係がある? 被害が少なかったから良かった、なんて言えるか? 残された奴らにとって、その五人は数字じゃない」
「でも、今回のキタヤマさんは関係ないじゃないですか! 司令塔として依頼を受けた訳じゃない! 彼等だって命を賭ける事くらい承知の上で依頼を受けていた筈です!」
「それでも、俺の指示に従ってくれた奴らだ。 確かにたいした責任は取れねぇし、ほとんどギルド任せになっちまう。 そんな俺だが、頭を下げる必要はあるってもんだ」
「なんなんですか……悪影響を自ら受け入れる意味が分かりません……実際貴方は良くやったという他有りません。 勇者が倒せなかった“マジックタートル”上位種の討伐、そしてダンジョンボスとも思える魔獣の討伐。 あれだけの魔獣の群れに誰よりも果敢に攻め込み、多くの人の命を救った。 こんな状況で、貴方が悪いという人なんていませんよ。 だというのに……馬鹿です、大馬鹿者です」
確かにアイリの言う通りかもしれない。
今回はかなり頑張ったし、やけにデカい奴らも討伐した。
だがしかし、“そんな事は”残された家族には関係ないのだ。
話によれば、残された家族に対して国からは何の保証もないという。
ギルドからは挨拶と、“保険”として金を預けていた奴ら以外には何の対処も出来ないとの事。
要は生命保険だ。
そしてそんなものは、“こちら側”では結構な余裕がないと掛けられない制度であったのだ。
だからこそ、救いの手は必要だろう。
「別に全員の面倒を見てやろうって訳じゃねぇさ。 話を聞いて、話をして。 どうしても道が無い奴、もしくはやる気の有る奴。 そういうのを“クラン”に入れようって腹づもりだ。 ようは俺の為だよ。 そういう奴等は、真面目に働いてくれるからな」
「随分とお優しい“我儘”ですね? リーダー。 これから先も、そんな風に人を増やしていくつもりですか? しっかりとした計画もない今の状態では、絶対に養いきれなくなりますよ? 貴方はそんな人達全員を養える程稼いでいるんですか? これからもずっと、今の様に活躍し続けて居られるんですか? デッドラインなんて称号を持ちながら、皆を安全に帰す事が出来るんですか?」
そんな風に睨み合い、俺とアイリの間に静かな沈黙が流れた。
ほんと、彼女の言う通りだ。
俺がやろうとしている事は綺麗事に過ぎない。
何処までも目の前の対処に過ぎないのだ。
それを続ければ今後はどうなる? 俺達はいつまで今の様な生活を続けられる?
分からない事だらけだ。
そんな状態で、知りもしない連中を受け入れようとしている俺を、アイリは咎めている。
こんな事、いつまでも続けられる訳がない。
そう、突き付けている。
分かっているんだ、俺にそんな甲斐性が無い事くらい。
でも、それでも。
俺に関わったせいで、全てを失っちまった奴を見捨てるのはどうにも気に入らない。
何処までも綺麗事で、どこまでも我儘だとは分かっているのだが。
それでも、何もせず「俺には関係ない」とは言いたくなかった。
今までに散々見て来た“平然と人を切り捨てる人間”にだけは、どうしてもなりたくなかったのだ。
なんて、そんな事をやっていたその時。
「失礼しますわ!」
「失礼いたします」
知った声の二人が、支部長室に殴りこんで来た。
イリスと中島。
どう考えても関りがあるとは思えない二人が、俺達の間に蔓延る不穏な空気を叩き壊したのであった。
「ウォーカーギルド、その支部長に提案があって参りました!」
でんっ! とばかりに支部長に詰め寄るイリス。
小さな彼女が、小さな胸を張って偉そうに顔を綻ばせる。
コイツ……またおかしな事を言い始めるんじゃ。
「我がフォルティアの領地に、“孤児院”と言う名目で訓練施設を作ろうかと思っていますの! 目的はより良いウォーカーや職人の育成。 主に孤児や貧民を対象に、子供のころから専門知識を教え込む。 今の所“職人”として教えられるのは、鍛冶と付与魔法くらいしかありませんが……まぁ今後増えるでしょう。 支援は我がフォルティア家と、出来ればこの街のウォーカーギルドから出して頂きたいと思っているのですが、如何でしょう?」
……はい?
急に登場して、コイツは何を言い出しているのだろうか?
孤児院? 子供を平然と売り払うこの世界で?
「今すぐに利益が出る話ではございません。 数年後、下手したら十数年後。 しかしながら、技術や知識を備えた者が平然と新人に現れるのです。 悪くは無いでしょう? そして彼らに掛かる金額は奨学金とし、働きながら返す仕組みを作る。 死んでしまえばそれまでですが、生きて活躍するウォーカーが増えれば、元は取れる上に支部にも優秀な人材が増える。 悪い話ではないかと思いましてよ? そして今回の様な“残された家族達”。 それらも対象にするか、それとも施設の従業員として働かせるか。 そういう選択肢があっても面白いと思いませんか?」
そこまで一息に説明を続けたイリス嬢が、改めて大きく深呼吸をする。
更にその隣では、中島が自信満々に笑みを浮かべているが……。
何やら色々と聞いた事のある脅し文句、そして奨学金とか何やら。
もしかして、中島の入れ知恵か?
しかし、問題が多いのも確かだ。
「支援とは言え、そこまで大きな金額という訳ではございません。 出資者として名を遺す、その程度でお考え下さいませ。 元々フォルティア家の領地にある空き家を使い、集まって来る者達を選別し、育てるべきを育て、雇うべきを雇う。 やはり全てとは行きませんが、それでも無駄に不幸になる人々は減らせる事でしょう。 今回残された家族の様に」
そんな事を言いながら、中島はこちらにほほ笑んで見せた。
あぁクソ。
俺の考えている事なんて、コイツらにはお見通しだった訳だ。
そして無暗やたらに手を伸ばそうとした俺と違って、中島は確実な方法と手段を手にし、支部長に提示して見せた。
これは仕事だ、未来を視て投資しろと取引を持ち掛けたのだ。
「聞いた話だけでは確かに悪くない。 幼少期から職人を育て、ウォーカーを育て。 そして基盤とも言える能力を持った若者が増える。 確かに支援しても良いと思える制度だ。 しかし、この程度の内容では流石に金は出せん。 そもそもウォーカーとして育てると言っても、誰が育てるのだ? 誰かを雇うにしても金が掛かるし、教える側は普段の仕事がやりづらくなるだろう? こんな面倒な依頼、どこのモノ好きなウォーカーが受けるというんだ?」
そう言いながら、支部長はどこか安心した表情でイリス達にほほ笑みかけた。
もう、答えが分かっているかの様に。
そして答えるのは中島。
「私は、昔から教師と言う職業に憧れていました。 子供達に教え、導く職業。 北山さんは、私に自由に生きろと言ってくれました。 だからこそ、私は夢を叶えたい。 ウォーカーとしての技能は私が教えます。 足りない部分は“悪食”から私が教わり、子供達に教えましょう」
「楽ではないぞ? 返すべき先がない子供達や、残された人間を預かるというのは」
「だからこそ、相談しました。 アナベルさんやドワーフの皆さんも協力してくれるそうです。 そして、“悪食”の代表するメンバー達も。 北山さんとアイリさんだけは、これからですが」
そういって、中島はこちらに視線を向けてくる。
当然他のメンバーも。
あぁくそ、なんでこういうデカい決断を……いや、皆が賛成しているのなら、そこまで大きな決断という訳ではないか。
「ちなみに、白さんも協力的でしたよ」
「白が?」
「子供は結構好き、だそうです」
アイツらしい。
本当に野良猫みたいな奴だ。
「その願いを聞く上で、支部長に一つ頼み事があるんだが……良いか? こいつがNOと言われちまうと、俺は中島の願いを聞き届ける事が出来なくなっちまうんだが」
「はぁぁ……大体分かっているが、言ってみろ」
ヤレヤレと言いたげな雰囲気で首を振る支部長に対し、思いっきり不敵な笑みを浮かべてやった。
お前の仕事、増やしてやるぜ。
「その施設に入る住人に“魔獣肉”を食わせる許可を、もちろん無理矢理食わせる様な真似はしねぇが。 そんでもって、今回死亡したウォーカーの家庭環境と家族の情報を寄越せ。 挨拶回りと勧誘に使う」
「ホントにお前らは……新人も含めて、色々とやってくれるな?」
「嫌なら解雇しても良いんだぜ? なんたって“悪食”は常識外れの馬鹿共の集団だからな」
「ウォーカーなんて利口なヤツの方が少ないさ。 そんな馬鹿共の面倒を見るのが支部長の仕事だ。 やってみろ、“悪食”。 何処までも貪欲に、意地汚く生きて、そして救えるだけ救って見せろ。 その結果を聞いてほくそ笑みながら、私が面倒事を処理してやる。 それに、その企画が上手く行けば……私には箔が付く。 なんたって王が処理しきれなかった貧民問題を私が解決するも同然なのだからな?」
ニヤッっと嫌らしい笑みを浮かべる支部長に、周囲でもニヤけるメンツ。
随分と格好いい台詞を吐いてくれたが、要は好きに生きて良いって事だよな?
だったら、大得意だ。
「中島、俺は頭が悪いからあんまり役には立てねぇぞ? 養うだけの施設って訳じゃねぇとは思うが、どこまで考えてるんだ?」
「ご心配なく、これでも“向こう側”でいつか独立しようと色々勉強していましてね。 人手さえあればいくらでもやりようはあります。 職人を育成しながら試作品を販売してもよし、マンドレイクを捕獲、飼育して高級食材の販売なんてのも悪くありませんねぇ。 実に楽しみです。 むしろ“向こう側”よりずっと売り物に困りませんよ」
「ははっ、頼もしい限りだ」
そんな会話をしながら、呆れた視線を向けていれば。
「キタヤマさま! 私には何かありませんの!?」
やけに自己主張の激しいイリス嬢が、プクッと頬を膨らませながら抗議して来た。
あらやだ可愛い。
ロリコンなら一瞬でクリティカルが発動しそうな表情のイリスに対し、とりあえず頭を撫でておいた。
「すまんな、迷惑かける。 だがここまで関わった以上後には引けないぞ? 良いのか?」
「であれば“悪食”三人衆の内誰か、我が家に婿として――」
「すまない、ロリコンが居ないんだ。 他を当たってくれ」
「最後まで聞く前に拒否しなくても良いじゃありませんか! 私も数年後にボンキュッボン! になりますわよ!」
「だとしたらこちらからお願いしよう」
「覚えておきなさいね!? 絶対なりますからね!?」
そんな訳で、一応の話は決まったらしい。
正式な契約書なんかは書いていないが、それでもイリス嬢と中島の雰囲気からするに“マジ”な話なんだろう。
俺達は俺達以外の為にも“魔獣肉”を集め、そして自分達以外の生活の為にも金を稼ぐ。
一見仕事が増えただけにも感じるが、それは仲間を、家族を守る行為。
どんな家族が増えるのかは知らないが、これから忙しくなるのは確かだ。
思わず、頬がにやけてしまう。
「ではこの件はフォルティア家と、この街のウォーカーギルド、そして“悪食”が協力して行う事業となる。 皆、異論はないな?」
「問題ありませんわ」
「おうよ」
そんな訳で、俺達の新たなる仕事が発生した。
今回みたいな犠牲者の家族への救済と、孤児に対しての仕事斡旋。
子供は奴隷として売られる事が殆どだから、もしかしたらそっちにも手を伸ばすかもしれない。
これから忙しくなるぞ。
なんたってこれまで以上の食材を用意しなきゃいけないんだから。
そんな事を考えている俺に、アイリは非常に大きなため息を溢したのであった。
「知りませんよ? 人の人生を背負う行為というのは、軽くはありませんからね?」
未婚な上に子供も居ない俺には、その言葉に苦笑いで返す他なかった。
ま、何とかなるだろ、多分。
「お前も“悪食”の一員だ、一緒に背負ってくれるか?」
「……それ、普通はプロポーズですからね?」
何だかんだ彼女も納得してくれたようで、最後には笑みを浮かべてくれた。
事業拡大、異世界物語にはあるあるの話だけど、果たしてどうなるのやら。
正直イリスと中島に丸投げしている状態なので、俺には良く分からないが。
だがしかし、また色々と環境が変わってきそうだ。
「さて、忙しくなるぞ」
「忙しくしているのは貴方ですけどね? リーダー」
呆れた様な、困った様な。
でもどこか温かい笑みを浮かべて、アイリは俺に微笑みかけるのであった。
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