タイムリープをもう一度

城間盛平

タイムリープをもう一度

「駿くん大丈夫?顔色悪いよ」


幼馴染の真奈美が心配そうに僕の顔を覗き込む。真奈美の綺麗な茶色の瞳が不安げに揺れている。僕は真奈美に心配かけないように必死で笑おうとするが引きつっている事を自覚していた。


「心配ないよ、今朝嫌な夢見ただけだよ」


真奈美の瞳が、どんな夢だったの?と訴えていたが、僕はあえて気づかない振りをした。だって、言える訳がない。今日の放課後、真奈美にあんな事が起きるなんて。これは夢だ、僕の思い過ごしだ。僕は真奈美に気づかれないようにゆっくりと息を吐いた。


水曜日、真奈美は茶道部が休みなので、帰宅部の僕と一緒に帰るのが通例だった。その習慣は高校生になっても変わらなかった。何故なら真奈美と僕の家は隣同士で、僕らは幼馴染としてずっと一緒に育ったのだ。真奈美は踊るような足取りで僕の前を歩いている。横断歩道に差し掛かった時、ふと僕は自分のスニーカーの紐がほどけている事に気づいた。僕はその場にしゃがみ込んで紐を結んだ。真奈美は遅いぞ、と僕の名前を呼んだ。僕は顔を上げて真奈美を見た。それは一瞬の出来事だった。トラックが真奈美に向かって突っ込んで来たのだ。トラックに追突された真奈美の華奢な身体は、まるで鳥の羽根のようにふわりと浮いた。トラックは真奈美を跳ねた後、電信柱にぶつかって停止した。地面に打ち付けられた真奈美の身体はぐんにゃりとしていた。遠目から見ても真奈美が生きていない事は明白だった。


「真奈美?嘘だ、なぁ、嘘だろ?」


僕は真奈美の側にしゃがみ込むと、半狂乱のようにわめき散らした。嘘だ、こんな事があっていい訳がない、これは夢だ、今朝僕が見た悪い夢だ!



僕は自分の金切声で目を覚ました。びっしょりとかいた汗が、パジャマにまとわりついて気持ちが悪かった。僕は枕元に置いてあったスマートフォンを手に取り、時間を確認した。嘘だろ?僕は真奈美のトラック事故が起こった日の朝に戻っていた。なら、今朝見た真奈美の交通事故の夢は現実で、僕はもう一度朝の時間に戻ってきた事になる。僕は今から真奈美と高校に行き、授業を受け、真奈美と下校して、真奈美は交通事故に遭い、死んでしまうのだ。


僕の名前は上代駿一、高校二年生。僕はいわゆる超能力者というやつらしい、時間を遡る事が出来る、タイムリープの能力者だ。僕はこのタイムリープの能力で幼馴染の真奈美を交通事故の未来から必ず救い出す。



「駿くん大丈夫?顔色悪いよ」


真奈美が僕の顔を覗き込む。さっきと同じだ。


「大丈夫だよ真奈美」


僕は力強く言った。真奈美は僕が守る、絶対に。


僕は放課後、真奈美と裏門から帰る事にした。不審がる真奈美をなだめすかし、裏門へ連れて行った。自宅への帰り道は遠くなるが仕方ない。細い路地を延々と歩いて行く、この道ならトラックは入ってこられまい。僕は隣を歩く真奈美に向き直った、突然真奈美の姿が僕の視界から消えた。僕が我に返って目の前を見ると、倒れている真奈美と、横倒しになったバイクと、ヘルメット姿の男が倒れていた。僕は大声を上げて真奈美に駆け寄る、ハッとしてポケットのスマートフォンを取り出し時間を確認する。午後三時四十分。この前の時も同じ時間だった気がする。真奈美は午後三時四十分に死んでしまう。このループを断ち切らなければならない。僕は物言わなくなった真奈美の顔を見つめてから、強く願った。時間よ戻れ。


僕は自宅のベッドの上で目を覚ました。スマートフォンで確認するとタイムリープに成功したようだ。


「駿くん大丈夫?顔色悪いよ」


僕は真奈美の顔をジッと見つめた。真奈美が生きて動いている。僕は急に泣き出したい気持ちになった。真奈美に何もかもぶちまけてしまいたい、そしてどうしたらこの困難を乗り越える事ができるか一緒に考えて欲しかった。これから起こる事をもうこれ以上目の当たりにしたくなかった。だが、僕はこの後も何度も真奈美の死を目撃した。何度も何度も。僕はその度に、嘆き、怒り、哀願した。


僕は真奈美の事をどう思っているのだろう。何度もタイムリープして、思い立った疑問だった。真奈美は兄妹のようであり、親友であり、家族のような身近な存在だ。はたしてそれだけだろうか?僕は真奈美の事を一人の女性として見ていたのではないか?真奈美は小さい頃生意気で妹のように、憎たらしくも愛らしかったが、成長するにつれ美しい女の子に成長した。僕は真奈美を愛しているのだ。この感情は、タイムリープを繰り返したから気づけたものだった。


僕は真奈美への感情がはっきりすると矢も盾もたまらず、休み時間に真奈美を屋上に連れ出した。驚いている真奈美に僕はせっついて言った。


「真奈美、好きだ!真奈美は僕の事どう思ってるんだ?」


真奈美は大きな瞳を一層大きくしてびっくりした表情を浮かべていた。そこで僕はハッとした、もし真奈美が僕の事を何とも思ってなかったらとても気まずい。僕はあわあわと慌てだしたが、真奈美ははにかんだ笑顔を浮かべながら言った。


「私も、私もね駿くんの事、好き」


僕は嬉しくて叫び出しそうになった。これまで何度も真奈美の死を目の当たりにして冷え切っていた心が一気に熱くなるのが分かった。


「なぁ真奈美、このまま学校サボっちゃわね?」


真奈美は真面目だけが取り柄の僕が不真面目な提案をした事に驚いたようだが、やがて共犯者の笑みを浮かべ承諾した。僕は十五回目と、二十一回目と、三十三回目のタイムリープで、授業が終わる前に真奈美を学校から連れ出した。しかし、きっかり三時四十分になると真奈美は死んでしまう。今回は僕が真奈美に告白をして両想いになった。このきっかけで未来に何らかの変化が起きて欲しいと願わずにはいられなかった。真奈美の希望で街にクレープを食べに行った。僕は甘いものはあまり得意ではなかったが真奈美が嬉しそうなのでよしとした。真奈美が楽しそうに僕に笑いかける。ずっとここのままならいいのに。だが三時四十分には真奈美に命の危険が訪れるのだ。もうすぐ運命の時間が近づいてくる。僕は真奈美の手をギュッと握りしめた。真奈美はびっくりして僕の顔を見たが、顔を赤らめて俯いてしまった。運命の時が来た。僕は強く目を瞑る。途端、ゴンッと大きな音が聞こえ、繋いでいた真奈美の腕が強く引っ張られる、真奈美が力なく倒れた。倒れた真奈美の側には血のついた煉瓦が落ちていた。上を見上げると、古い煉瓦造の建物がそびえ立っていた。僕は力を無くした真奈美の手をもう一度ギュッと握ると、タイムリープをした。


それからも僕はあらゆる可能性を探してタイムリープを繰り返した。しかし六十六回目の時、いつもと勝手が違っていた。僕は自分の部屋ではなく、真っ白な空間で目を覚ました。壁もなければ床もない、だが僕は確かにその場に立っていた。コツコツと誰かが近づいてくる靴の音がする。いつの間にか僕の目の前に黒いスーツを身に纏った男が立っていた。男はやたらと青白い顔色をしていた。男は僕に対してため息をつきながら話しだした。


「困るんだよなぁ、何度もタイムリープされたら俺の仕事が完了しないんだよ」

「あんたは誰だ?」


僕の問いに、男はおどけたように笑いなら答えた。


「俺かい?俺はお前らが言うところの死神ってやつだ。俺の仕事は真奈美の魂を天国に連れて行く事だ」

「絶対にさせるもんか!!」


僕もこの男が何者なのか薄々気づいてはいた。しかし、実際に奴が何者であるが解ると、到底受け入れる事は出来なかった。


「お前が何度でも真奈美の命を奪おうとも僕は絶対に真奈美を救ってみせる」


僕は髪を逆立てながら啖呵をきった。


「おいおい誤解だよ。俺が真奈美を殺したんじゃない。真奈美は今日死ぬ事が決まっているんだ」

「じゃあ何とか出来ないのか?真奈美が死なない方法は」

「無理だね、真奈美の代わりに誰かの魂を連れて行かなけりゃな」


真奈美の代わりに?そこで死神はハッとしたように僕の顔を見た。


「なら真奈美の代わりに僕の魂をやる」

「ダメに決まってるだろ!!今日死ぬ運命なのは真奈美だ」

「それが受け入れられないんなら、僕は何度でもタイムリープして真奈美を助けるぞ」


僕の決して引かない態度に死神は諦めたように大きなため息をついた。


「お前、いいのか?死ぬんだぞ今日」

「ああ、真奈美が死ぬよりずっといい」


ああ、そうなんだ僕は真奈美に生きて欲しいんだ。真奈美が大切なんだ何よりも。ふと家族の事が頭をよぎる。父さん、母さん、弟の裕二、皆僕が死んだら悲しむだろう。


「わかったよ、お前の言う通りにしてやる」

「ああ、僕と真奈美の運命を取りかえてくれ」


僕がそう言うと、辺りが眩しく輝きだして、僕は目を閉じた。まぶたの奥で真奈美が笑っている。これで良かったんだ。




「真奈美、大丈夫か?顔色悪いぞ」


駿くんが私の顔を心配そうに覗き込む。私は顔が引きつらないように必死で笑顔を作る。でも駿くんには私が大丈夫じゃないなんてお見通しなんだろう。駿くんと私はお家が隣同士で幼馴染だ。小さい頃からずっと一緒だった。駿くんは私の事なんて妹みたいにしか思ってないんだろうけど、私は小学生の頃、いじめっ子から助けてもらった時から駿くんの事が好きだった。こんな事駿くんに言ったら今の関係が壊れてしまいそうで言えないけど。


「心配してくれてありがとう。今朝ちょっと怖い夢見て」


駿くんの目がどんな夢だったんだ?と、聞きたそうにしている。でも言えるわけがない。駿くんが放課後、交通事故で死んでしまうなんて。


私の名前は杉山真奈美。高校二年生。私はどうやら超能力者らしい、時間を遡る事ができるタイムリープという能力のようだ。私はこの能力で、駿くんが交通事故で死んでしまう未来を絶対に変えてみせる。











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