1 至極当然

 鼻をつんざく鉄錆びのような血の匂いがする。僕は何が起きたのかわからなかった。


「死にたい」


 どうしてこうなった?


 夏休みに僕らは、山へキャンプに来ていた。しかし、気がつけば友達や家族が、右耳のない赤い男に殺された。


「どうして僕だけが、生き残ってしまったのか?」


 僕の名前は鹿我大和かがやまと、高校生である。


 突然の豪雨の中、恐怖で僕は山を転がるように下って行く。


 雨に打たれて体温がどんどん下がり、体が思うように動かなくなった。


「寒い、寒い。誰か助けて」


 体が震え、意識が朦朧とし、足を滑らせて転がり落ちる。あちこち体をぶつけた衝撃で、僕の意識はそこで途絶えた。


「…オニイサン、ネエ、オニイサンって」


 誰かが僕を呼んでいる気がした。


 頭がぼーっとする。僕は珈琲のようなほろ苦い香りで、脳の働きが活性化する。


 ん?珈琲の匂い。暖かい?僕は夢を見ているのかな?


「お兄さん、お兄さん。そろそろ起きなよ」


 近くから誰かの声が聞こえる。僕は重たい目蓋を開けると、そこには子犬を彷彿とさせる可愛らしさの少女がいた。


「誰!?」


「おー、起きたね。私は山田七やまだなな、喫茶店アイヌの看板娘だよ」


「何の話?ここはどこ?」


「あれ?わからない?ここは喫茶店アイヌの仮眠室だよ」


「喫茶店アイヌ?」


 大和は周りをキョロキョロする。簡素な作りではあるが、清潔なベッドに明るい間取りの暖かい部屋。そして、隅っこのテーブルに置かれた写真立て。


「お兄さん、まだぼーっとしてるね。まあ、無理もないけど、あれだけ大怪我してたんだから」


「そういえば、僕は…警察に行かなきゃ」


 大和は痛む体を起こし、立ち上がろうとした。


「痛っ」


「動いちゃ駄目だよ!肋骨が折れてるんだから」


 七は大和をベッドに優しく寝かせた。


「もし良かったら私達に話を聞かせてくれる?きっと力になれると思うよ」


「だけど…」


「ちょっと待ってね。話したいことがたくさんあるだろうけど、今から大事な質問を聞くよ、お兄さんって珈琲は好き?」


 七は有無言わさぬマイペースさで、その場を収めようとした。


「珈琲は嫌いです」


「ガーン」


 七は大変ショックを受けたようで固まっている。


「何かすいません」


 大和は何故だかわからないが、申し訳なくなった。


「まあ、私も珈琲は嫌いだけどね」


「え!?」


「テヘペロ」


 ウィンクをしながらペロッと舌を出す。七さんはどうやら空気を読めない娘のようだ。


「ならココアは大丈夫だよね」


 大和は一瞬思考が停止していた。


「あ、はい」


「じゃあ、マスターを呼んでくるね」


 七はそういってドアを開くと、部屋の外へトタトタと出て行った。

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