32 咎


 口数は少なく、手だけを動かす。リチャード達は熱のなくなった溶岩の跡を掘り起こしていた。掘り起こすといっても、灰色になってはいるが岩の塊である。人の手では限界のあるそれを、ゼートの魔法が全て解決する。

 ガリアノは単純に、光の玉を岩にぶつけて吹き飛ばしていった。大きな岩を砕き、そして吹き飛ばす。魔力のこもった霊石に当たれば魔力の反発により位置が特定出来、霊石自体魔力の塊のため魔法の攻撃により砕けるようなこともない。

「ふんっ」

 ガリアノが集中すると、彼の頭上に数多の光の玉が浮かび上がる。日の光よりも幾分強いその光源は、眩い光を零しながら岩にぶつかっていく。ばこんと激しい音を発しながら、近くにいるリチャード達の足元まで衝撃が伝わって来た。

 剛腕による一撃よりも遥かに強烈なその威力に、リチャードは目を見張る。元の世界の武器を魔法に例えて説明したが、これでは本当に銃や爆弾といったものに近い。そんなリチャードの顔を見て、サクが小さく笑った。

「ガリアノ様は特別、光の魔法に対する適正があります。この世界の皆が皆、このレベルで魔法を行使するわけではないですよ」

「そうなのか。それにしても凄いな……あ、もちろんサクも凄いとは思ってるけど」

「ふふ、ありがとうございます」

 慌てて付け加えたリチャードの言葉に、サクは今度は目も細めて笑った。どうやらこちらの考えは筒抜けらしい。その闇を湛える瞳が、優しく笑っている。優しく、宥めるように。

「……少し、怖くなっただけだから……」

 動かす手はそのままに、リチャードは小さく呟いた。光を撃ち出す大きな背中にも、夫婦の様子を見に行っている彼女にも聞こえないのに、その弱さを隠そうしている自分がとんでもなく嫌だった。

「……ええ。リチャード殿の反応は、自分には普通だと思います。ですからどうか、ご自身を他者と比べないでください」

 とてつもない力だった。それは夫婦の話も然り、ガリアノの魔法も然りだ。人の命等簡単に奪う、この世界の力。元いた世界でもきっと、わかりにくくなっていただけの力の存在感だった。きっと、一緒なのだ。人間が住むということは、そういうことなのだから。

 誰かが産まれれば誰かが死ぬ。そしてその死を願う者もいる。だからこそ殺人があり、それは罪という形で罰せられるのだから。

「ガリアノが昨日言っていた『この炎は人の手によるものだ』って言葉、俺は軽く見ていたんだ。こんな……こんな大きな『咎』があるなんて、俺には想像も出来なかった」

「霊石とは本来、自然のなかで高潔なる魔力が交わり生成される物質です。それ全てが魔力の塊である、純粋なる器です。そんなものを人の手で作り出すには、それ相応の生贄は必要になるでしょう」

 俯くリチャードに、サクは静かにそう告げた。その彼の姿にリチャードはまたこの世界の闇を見たような気になってしまい、視線を手元に落したまま呟く。風は、まだ苦い味を運んでいる。

「こんな生贄だらけの魔法の石を、二人は集めようってのか?」

 皮肉を言ったつもりはないのに、なんだか責めるような口調になってしまう。彼にはきっと、それすらもお見通しなのだろうが。

「全てがそう、というわけではありません。ですが人為的に作られる魔法の石は、そのほとんどが負の目的のためでもあります。しかし、それに頼らざるを得ないのも事実。不甲斐ない自分達のために、リチャード殿に辛い思いをさせることになり申し訳ありません」

 それは心の底からの謝罪に思えた。すとんと心に落ちてくる、そんな素直な言葉だった。

――ああ、そうか。だからさっきは違ったんだ。

 さっき――夫婦の償いの言葉には、きっと心からの謝罪はなかった。心のどこかで漠然と思ってはいたのだろう。『こうなって当然だ』と。それがいったい誰に対してのものかはわからないが。

 憎しみを覆い隠す謝罪の言葉程、鋭く心を傷つけるのに。真の悪人は、聖人のふりをした者だ。間違ったこと等していないと、嘘をつく。嘘は、罪だ。

「大丈夫だ。サクが悪いわけじゃないから、謝らないでくれ」

 リチャードはそう言って目を閉じる。

 嘘。

 嘘は、罪だ。それならば、何故自分は嘘ばかりつくのだろうか。







「魔法の石は、人の咎から造り出されている」

 昨日、全てを焼き尽くしたその灰色の土地を見ながら、ガリアノがリチャードとレイルに語ってくれた。この世界の抱える闇を。

 人為的に生成される霊石には、ある一つの共通点がある。雫のような形はそのままに、まるで怒りに燃えるような朱をその身に燈すのだという。

 人の命を注ぎ込まれて造られたそれらは、古の時代より言い伝えられる魔法の石として、人々の生活を見守り、そして水神へと捧げられてきた。

 その真なる生成方法を知る者も、今では数少なくなっている。それでも頂きの街の魔術師達や、魔力の扱いに長ける鍛冶屋等、古から魔法に従事してきた者達の家系では、それは伝承止まりではないだろうということだった。

 魔法の素質はあれどそれが本業ではないガリアノにも、詳しい生成方法は未知なるままだったらしい。ただ漠然と、『人の魔力を注ぎ込む』ということと『人は魔力が尽きれば亡くなる』という事実から『霊石には人の死が必要』だという結論に辿り着いただけだった。

 そんな負なる遺産の霊石を頼るのが、ガリアノ達の旅だった。だが、それは仕方がないことなのかもしれないとリチャードは思う。

 放っておいてもどの道、この世界は汚染により死に絶えるのだ。小さな土壌を汚し尽くし、いつかは全員が病に侵される。それを防ぐためならば、多少の犠牲は仕方がないのだろうと、傍観者の立場からならなんとでも言えた。

 だが、目の前で苦しみ、その選択を決めた夫婦を見た時、考えが変わった。どうにかして、犠牲をなくしてこの世界を救うことが出来ないのかと。先駆者である冒険者二人に、リチャードは実に傍観者らしい意見を唱えた。

「この大地を捨てて、他の地に逃げるのはどうだろう?」

 それは、この地に故郷を持たぬ者の考えで、その言葉にガリアノとサクは目を見開いた。探るような視線が突き刺さって初めて、リチャードはそれが失言だったことに気付く。

「これはオレ達の我儘なのだろうが……」

 ガリアノはそう前置きした。静かな、地面に染みわたるような声だった。炎に炙られ灰色にくすんだ地面が、彼の心のように映る。そこには確かな怒りが燃えていた。決してリチャードを炙ることはしない、静かな決意の炎だった。

「大切な嫁と過ごしたこの地を、オレは見捨てることは出来ん。新たに霊石を造り出すような酔狂な真似は許さんが、既に造られてしまったその力には、どうか縋ることを許して欲しい。そうすることが、犠牲になった者達へのせめてもの手向けだ」

「リチャード殿……自分達の気持ちもわかってください」

 サクにも頭を下げられる。リチャードは思わず二人から視線を逸らせた。わかっているのだ。彼等の気持ちだって全部。それでもこんな、命を糧にした存在等、今まで生きてきた中で考えたこともなかったのだから。

 少し俯き、言葉に詰まる。いったい、自分が何を言おうとしているのかすらわからない。ただ上滑りするような言葉は、今は必要ないはずだ。今、本当に上げなければならない声は、きっと彼女が発するような……

「私は、水神に会えるならなんでも……構わないぜ」

 彼女のいつもの鋭い言葉は、それでも小さく震えていた。リチャードと同じく少し俯きながら話す彼女は、普段よりも更に小さく見える。そんな彼女の肩を、ガリアノが優しく抱き止めた。

「お前さんはいつも……肝心なところで強がるんだな。『自分には決断出来ない』と、耳を塞いでしまえば良いものを。皮肉を言いながらもこの世界の真実を、いつも背負おうとしているのだからな」

「はっ、こんな大きな耳が生えちまったら、耳を塞いだところで意味があるとは思えねぇな」

「ガハハ、それは違いないわい」

 太い腕の間で抵抗することもなく、愛しい彼女は大男にいつもの笑みを返した。危険に満ちた魅惑の笑みだ。それをガリアノは事もなげに受け止め、大きな声でガハハと笑う。彼には――彼の心には大事な存在がいるのだから当たり前か。

「リチャード殿……」

 その暖かい光景を眺めながら、影が静かに問い掛ける。名前を呼ぶその声に、リチャードは確かに背中を押されたような気がした。

「俺も、水神に会うためなら仕方ないと思う」

 最後は自分に言い聞かせるように、強くはっきりとそう告げる。その言葉にガリアノは静かに頷き、その力強い瞳で約束してくれた。

「安心しろ。もう新たな魔法の石等造らせはしない。オレ達で負の連鎖を断ち切り、世界を救おうじゃないか」

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