8 彼女を取り巻くもの


「昔からそうだったわけじゃないんだ」

 彼女は“差別”の話を語る前にそう前置きした。だから、自分は加害者でもあっただろうとも。

「私には大事な親友が二人いる。多分世間一般的な言い方では、悪友なんだろうけど」

 彼女には中学校と呼ばれる学舎時代からの親友がいたそうだ。高校という次の階級に進んだ今も親友である彼ら――そう。男二人が親友なのだ。

 一人はどこにでもいるようなお人好しの正直者で、もう一人は全てにおいて高い能力を持つ天才だったらしい。

 だがその天才は、ある時謎の病魔にかかる。

 身体中が麻痺してしまい、満足に動けなくなる奇病。身体の自由は奪われても頭の回転に支障はなかったようで、彼は悪友二人と家のなかでつるむようになったそうだ。

 そんな生活をしばらく続けていたら噂も立つ。その間にも彼の病状は悪化の一途を辿っており、世界中の医者に見せてもお手上げの状態だという。

 元々は天才で尚且つ派手好きの遊び人だった彼は、学舎のなかでも酷い噂話を流される。婦人関係の悪意のある嘘は、次第に大きくなっていき、もし仮に完治したとしても、彼の居場所はないのではないか? と、彼女は気に病んでいるようだった。

「アイツの噂話はもちろん私達も巻き込んださ。私も元々男関係は適当だったから、酷い言われようだったぜ。まぁ、私の場合は自業自得だし気にもしてねーけど」

 悪い笑みを浮かべた彼女は、自分のことだというのに、その親友の話をしている時よりは諦めがついているようだった。

「それに、特に弁明して回らなくても、リチャードみたいな物好きな彼氏も出来る」

 ヘラヘラと笑う目の奥で煮え滾る、憎悪のような光は見ないようにした。

――彼氏というのは本当に愛する恋人であり、将来を約束する相手ではないのだろうか?

「とにかく、今はアイツの病気を治すためにも、私はさっさと元の世界に帰りたいんだよ。そりゃ、私が帰ったところで治るってわけでもないんだろうけど」

 そうしねぇと、アイツを非難した奴らを笑い返すのを見られないだろう? と続けた彼女の表情には、先ほどまでの空気はなく、ただ今は遠き友に対する信頼のみを浮かべていた。

 そこにサクは、彼女の年相応の感情をようやく感じることが出来たような気がした。強がっているんだ、彼女はきっと。その小さな身体に刻まれるには酷な戯れ言を、自ら纏い身を護っている。

「身の上話もギブアンドテイクだ。次はあんたの話を聞かせてくれよ。なんで旅のお供に様付けしてんのか、こっちは気になって仕方ねぇよ」

 あのオッサン、もしかして玉の輿かよ? と笑いながら続けた彼女の笑顔は、本当になにものにも勝る価値があった。

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