第24.5話 ドキドキの正体

 男子に名前で呼ばれるなんていつ以来でしょうか。帰宅してお風呂に入っている今でも思い出すだけでドキドキします。


 田野たのさん。田野たのさん。田野たのさん。


 わたしに頼み事をする人はみんな、わたしを田野たのさんと呼びます。

 それが苗字なので当然ではあるのですが少し距離を感じます。


 パソコン室から出た途端に道玄坂どうげんざかくんは田野たのさん呼びに戻ってしまいました。わたしも道玄坂どうげんざかくんと呼んでいるのでお相子ですね。


 もしもあの後もすぐるくんと呼んでいたら、彼はわたしを美咲みさきさんと呼んでくれたでしょうか。


すぐるくん……」


 誰もいない浴室でぽつんとつぶやいてみました。誰に聞かれるわけでもないのに妙に気恥ずかしくて、それを誤魔化すためにお湯の中に潜ります。

 二十秒ほど息を止めていると恥ずかしさよりも苦しさが勝ってきました。


「ぷはっ!」


 お湯から顔を上げると一気に息を吸い込みます。その動きと連動するように胸が揺れて、やっぱり邪魔だなと思いました。


「なんで男子はこんなのが好きなんだろう」


 道玄坂どうげんざかくんもさりげなく何度も見ています。特別指摘はしませんけど気付いているんです。パソコン部のみなさんもチラチラと見ていました。


 見られるとやっぱり恥ずかしくてドキドキします。だけど、すぐるくんと呼んだ時のドキドキとは全然種類が違います。


 誰かと付き合ったり、告白したりされたりとは無縁な人生を送ってきました。だからこのドキドキが恋なのかはわかりません。


「こんな些細なことで人を好きになるのかな」


 道玄坂どうげんざかくんがさりげなく教室に落ちているごみを拾っているのをクラスのどれくらいの人が知っているでしょうか。

 わたしのように意図してやっているのではなく、落ちているから拾ってごみ箱へ捨てる。そんな無意識の行動に気付いた時、わたしの視線はほんの少し彼を追うようになりました。


 いつもクラスの隅にいて、すぐに土下座して、簡単に女の子の足を舐めちゃうヘタレな男子。


 果たしてわたしは彼のことをどう思っているのか、自分でもよくわかりません。


 ただ一つ言えることは、道玄坂どうげんざかくんがボランティア部に入ってくれて良かったということです。

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