第13話 予行練習
「それではよろしくお願いします」
「はい」
水着の男女が浴室で二人きり。僕と
高級マンションは当然のように浴室も豪華で、まず僕の一人部屋よりも広い。机とかベッドを持ち込めばここで生活できる。
口からお湯を吐き出すライオンって家庭用のお風呂にも生息してるんですね。
「…………」
「どうしたの?」
細かいところを掃除するための歯ブラシを持った
「まさか
「ちがっ! どちらかと言えば僕はロ……じゃなくて、
「人のお母さんに手を出していい理由にはならないよ?」
「そもそも手を出してないじゃん!」
なんだこれ。修羅場なの? たしかに僕も誤解を招く言動をしてしまったけど、結構お互い様みたいなところもあると思うんだよね。
「おかげでわたしは安心してお風呂掃除できるけどね」
シュッシュッとお風呂掃除用の洗剤を壁や床に吹き付ける。換気扇は回しているけど独特な臭いが浴室に充満してきた。一応シトラスの香りが付いているらしけど、それでもやっぱり好きなタイプの匂いではない。
「僕はこの歯ブラシでこすればいいのかな?」
「
「いいのかな。僕が浴槽に入って」
「お母さんだけじゃなくてわたしやお父さんも入ってるからね? あんまり変な妄想を膨らませないように」
「
僕がどんなに否定しても彼女の中ではそういうことになってしまっているようだ。クラスメイトの母親を性的な目で見るなんて、たしかに
自分に対する性的な話題には鈍感なくせに、他人事だと敏感になりすぎるのはやっぱり彼女の天然さがそうさせるのだろうか。
僕からそんなアドバイスをしたらセクハラ案件になってしまうので何も言えないのがもどかしい。
「ほらほら
「は、はい!」
タイルの隙間を歯ブラシでこするためにしゃがんだ
普段から背中を出している人はともかく、今日の服装から考えても
しゃがんだことでお尻や太もものお肉も強調されていて、もしあのお肉に挟まれるなら死んでもいいとすら思えてくる。
「
「ご、ごめん。広いお風呂につい見惚れちゃって」
「広いと思うのなら尚更手を動かさないと終わらないよ」
「だよね。うん。頑張る。まるでプールだ」
「ふふ。プール掃除の予行練習だけど、さすがにお風呂をプールって言うのは大げさだよ」
「ははは。うちのに比べたらプールみたいなものだよ」
ゴシゴシと歯ブラシでこする音が浴室の中に響く。
「よしっ!」
ちょうど前屈みになりたいところだったのでこの状況は好都合だ。スポンジを握りして、高そうな浴槽を傷付けないように優しくこする。ただ、我が家の浴室と違って黒カビは見当たらない。すでにピカピカになっているのでどうにも掃除をしている実感が湧かない。
「
「大丈夫大丈夫!
「わ、わかった」
もしかして
担当場所が違う上に、しゃがんで浴槽の掃除をしていると
「
「そうだよ。
「うっ……それは」
この指摘はたしかに合っている。しゃがんだ体勢のままで腕を動かす。運動は体育の授業くらいしかやっていない僕ではたぶん明日は筋肉痛だ。
「ほら、わかったら手を動かす!」
「……はい」
僕は言われるがままに手入れの行き届いた浴槽をひたすらスポンジでこすり続けた。むしろ僕みたいなクソ童貞がこすることで
ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
キュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッ
二人の掃除の音と洗剤の臭いが浴室を支配する。たぶんだけどプール掃除はもっとこう陽のオーラに溢れてキャッキャすると思う。これじゃあダメだ!
「
「そ、そうかなあ」
声の聞こえ方から僕が立ち上がったとわかったのか
おっぱいが太ももに押し当てられて逆にエロい感じになっている。心の中でその光景に感謝しつつ、その点については気付かないふりをした。
「僕がアニメで見たプール掃除は半分遊びみたいな雰囲気でキャッキャしてた。女子だけの水泳部なら尚更だよ」
「でも、ボランティア部に手伝いを頼むくらいだし、すごーく真面目にやると思うんだ」
「いいや、陽キャは絶対に遊ぶ。掃除中に遊べるから陽キャなんだよ」
「仮に
「そういうのじゃなくてさ、
僕は浴槽をまたぎ洗い場へと移動する。このままでは
「もっと水着姿をよく見せてください!!!!」
土下座だ。
洗剤を洗い流していないのでタイルはぬるぬるでシトラスの香りが鼻を刺す。さすがに額を着けることはできないけど誠意は伝わるはずだ。
「うぅ……でも」
「僕の練習にならないんだよ。水着の女の子に耐性を付けたい!」
「……わたしのなんか見ても意味ないよ」
「そんなことはない! むしろ
危うむちむちボディと言ってしまうところだった。男子目線では誉め言葉なんだけど女子からすればショックだと思う。いくら女心がわからない僕でもさすがにこれくらいは簡単だ。
「うん……そうだよね。わたしもこの水着に慣れなきゃ。でも、もう少し待って。今はちゃんとお掃除をして、それから。お願い」
お団子のように丸くなっている
マシュマロみたいにふわふわな体と涙目になっている顔が扇情的で、土下座をしたままいきり立ってしまう。この現象は洗剤が臭かろうがお構いなしなんだな。一つ勉強になった。
「ちなみに掃除が終わったらどうするつもりなの?」
「それはまだ秘密。言ったら、たぶん今度は
「自分から水着を見せてくださいって言って逃げないよ」
「……絶対に?」
「う、うん」
「それに、これでわかったでしょ。僕はお母さんよりも
「その証明にはなってない。お母さん優しいから、
「いやいや、さすがにそんなことは」
ないとは言い切れないのが恐いところだよな。
「
「し、してないよ!」
洗剤まみれのタイルに手を着いたまま僕は情けない声で反論した。
「わたしは『何を』とは一言も言ってない」
「
「ふ~ん」
納得したのかしてないのか、
特に指示は受けていないけど僕も持ち場へと戻る。
本当に広い浴槽で、子供なら泳げそうだ。大人が二人で入ってもまだまだ余裕がありそうだからもしかしたら
なんとなくギュッと握ったスポンジから白い泡がにじみ出る。スポンジのざわざらとした感触が僕を現実へと引き戻してくれた。
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