第12話 親子
結局、
僕はと言えばあまりにも気まずい空気に耐え切れず、レジの近くにあった何の面白みもない紺色のサーフパンを選んだ。正直、サイズが合うかもわからない。
もし合わなければ昔のでも全然構わない。せっかくなのでと
「うぅ……恥ずかしかった」
「それはこっちのセリフだよ。ただでさえアウェイなのに完全に敵視されてる感じだった」
「みんな見る目がないなあ。
「誉め言葉として受け取っていいんだよね?」
恋愛対象として見てないのは間違いなさそうだけど。
「ところで
「ふえっ!? よ、予行練習ってなんの」
まさか僕が土下座でお願いしたアレの? でも予行練習ってアレに関してはいろんな意味で本番というか……。実は今までの
今日は散々な目に遭ったけど全て許せる。まさか
「プール掃除の予行練習。うちのお風呂掃除を手伝ってもらいたいなって」
「ああ、うん。しつこい汚れを落とすのは大変だもんね」
学習しろ僕!
だけど、だけどワンチャンの光が見えたらそれにすがってしまう。男っていうのは悲しい
「お互い水着を着て、ぬれぬれになるのは気にせず思いっきりしようね」
「み、水着なの?」
「だって予行練習だもん。わたしは鈍臭いから水着でお掃除するのがどんな感じか練習しておかないと不安だよ」
「それなら一人でやってみてはどうでしょうか?」
「むぅ……
唇を尖らせて不満気な表情を浮かべる
「でも急にお邪魔したら迷惑じゃない? また日を改めてとかの方がいいんじゃ」
「大丈夫。今日は親も出掛けてるから」
「ん゛ん゛ん゛!? ごほっ! げほっ!」
「どうしたの? 変な声出して」
女子の家に行くだけでも緊張するのに両親不在はマズい。お風呂掃除は口実で本当の目的はやっぱり……。
もはや
「おじいちゃんおばあちゃんとか、あとは兄弟がいるとかなんでしょ?」
「ううん。どっちのおじいちゃんおばあちゃんも別の所で暮らしてるし、わたしは一人っ子だよ」
「……
「そうなるね。さすがに三人以上は入りきれないし」
「ちなみに今向かっているのは駅と見せかけて我が家だから」
「え!? あ、たしかに。来る時と風景が少し違う気が。
「そうなのです。
自分でブラのホックを留められなくった女子高生がなぜか得意げに鼻を鳴らす。地図アプリで検索すれば駅にだって簡単に戻れるけど、そんなことをしたら明日以降学校で何を言われるかわからない。
「念のため確認だけど、家には誰もいなくて、お風呂掃除を手伝えばいいんだよね?」
「うんうん。あと、
「しないよ。そんなこと!」
むしろ僕の色白ヒョロガリ体型を笑われないかの方が心配だ。
「さ、ここだよ」
「おおぅ」
到着したのは見るからに高級そうなマンションだった。つまりここに住む
このド天然を高級マンションの住人が生み出したなんて生命の神秘だ。
「コンシェルジュさんもいるんだけど、わたしもこの綺麗さを保つために目に付いたところはお掃除してるんだ」
そう言いながら植え込みに落ちていたとても小さなビニール袋の切れ端を拾い上げた。誰かに評価されようとか、恩を売ろうとか、そういう考えではなく、とても自然な流れの動作に感動すら覚える。
「学校以外でもボランティア活動してるんだ」
「うん。わたしにはこういうことしかできないから」
「マンションが綺麗なのはきっと
「えへへ。そうだと嬉しいな」
みんなのために掃除をする
「部屋は二十九階だからゴールはもう少し先だよ」
「…………」
二十九ってこのマンションの中でもかなり上の方では?
ますます
「ずっと住んでるけどエレベーターで耳が詰まるのは慣れないんだ」
「水泳をやる人は耳抜きがうまいらしいよ。今度教えてもらったら?」
「うーん。水泳部の人と仲良くなれるかなあ」
「最近はクラスでも人気者だから大丈夫だよ」
「えへへ。そうかな」
僕みたいな卑屈な陰キャと違って
きっかけさあれば水泳部の陽キャとも会話が弾むに違いない。ついでにおっぱいが弾んで、それを一瞬でも見られれば僕は幸せだ。
「
「え゛!?」
「うーそ。でも、変なことを考えてる顔してた」
「変なことなんて考えてない。プール掃除の練習を風呂でする
「むぅ……ひどいこと言うなあ」
耳の違和感もあるのか、露骨に不機嫌な顔に変わる。でも不思議なことに怒りは感じさせない、どこか穏やかな空気がエレベーターの中に溢れていた。
「着いたよ。エレベーターの近くだから楽なんだ」
「マジか……」
ざっと見渡した感じ玄関と思えるものは目の前にある一つだけ。廊下の端は見えていて、そこにあるのは非常ドアだ。
「もしかしてここ、
「そうだよ。壁ドンはないけど、下の階にはちょっと気を遣うんだ」
「へ、へえ……」
うちは一軒家なので騒音で壁をドンと叩かれる心配はないけど、マンションでも壁ドンされない世界って身近にあるものなんだな。
どこの誰だよ、
「さ、あがって」
「おじゃまします」
僕はここで違和感に気が付くべきだった。高級マンションのオーラに圧倒されて日常生活では当然の行為を見落としてしまっていたんだ。
「あらあら。いらっしゃい」
「へ?」
「ただいま。ふふ。驚いた? 実はお母さんがいたのでした」
全く心構えができていなかった僕の頭は真っ白になっていた。
だって、お母さんとは思えないくらい若いんだもん!
長い髪を一つに束ねて肩に掛けるスタイルはまさに人妻だった。
「ああ、だからさっき……」
だけど
「
「ははははははじめまして。
僕は挨拶を噛み倒し反射的に玄関で土下座をして、目的語を言わずにヤラせてくださいと懇願するという最低な行為に及んでしまった。
「もう! いくらお母さんがセクシーでも不倫はダメだよ!」
「うふふ。おもしろい子ね。まさか
この前のヤラせてくださいは掃除だと勘違いしたのに、今のヤラせてくださいはエッチの方だって解釈したの?
「違うんです。お風呂掃除、お風呂掃除をヤラせてくださいというお願いでして。プール掃除の練習で」
「うんうん。
「もちろんでございます!」
「お母さん!
「うふふ。必死にお願いされたらわからないかも」
ぺろっと舌を出して僕を見下ろすその瞳の奥には獲物を狙う蛇のようなじっとりとした鋭さがあった。もしかして、土下座で頼んだらヤラせてくれるのってお母さんの方なの……?
いやいや、それはさすがに
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