あやかし双子のクリスマス

椎名蓮月

「そうか。莉莉ちゃんは受験がなかったね」

 嵐がふと、言った。

「内部進学だったから」と、莉莉は答える。「またどうして?」

「いやあ……もうすぐクリスマスなのに、去年も毎日、事務所に来てたなあと思って」

 事務所の広間には晴の叩くキーボードの音が響いている。莉莉は買い出しから戻って、食材を厨房にかたづけたところだった。

「クリスマスといえば、桜木さんは、ケーキとか……」

「食べると思うか? 俺が?」

 晴が手を止めて、莉莉を見た。「甘いものは好まない」

「そういえばそうだったわ」

 双子の弟、嵐は甘いものが好きだが、晴はそうではない。食べられないわけではなく、嵐のように好まない、というだけだと本人は言う。

「それ、ゆきくん、知ってるかしら」

「? またなぜ靫正くん……」

 言いかけて晴は、莉莉を見たまま、眉を寄せた。相変わらず怒っているように見えなくもない険しい顔つきになるが、莉莉には、彼が戸惑っているのは容易に察せられた。

「先週の帰りに、言われたのよ。クリスマスにケーキを持ってくるって。 うちの学校は祝日の23日にミサがあって、そのあとで降誕祭バザーなのは知ってるでしょ」

「そういえば、そうだったな。ミサか……」

 来たことがあるので、晴はもちろん降誕祭バザーのことは知っていた。

「ミッションスクールだなあ」と、嵐が感心する。

「高等科になると、23日のミサに出ないと宗教の単位がもらえないのよ」

「ひえっ」

 嵐が首をすくめた。「それって仏教徒とか家が神道でも出ないといけないの?」

「そりゃあね。最初から宗教系の学校だってわかってて入学してるから、みんな文句は言わないわ。神道でも仏教でも同じよ」

「へえ……」

 嵐は感心している。だが、晴は困ったような顔をしたままだ。

「でも23日なんて、せっかくの祝日がつぶれちゃうじゃないかみんな、文句言わないの?」

 そんな晴を後目に、嵐が問う。

「クリスマスに終業式なのは、その代わりみたいよ。よその学校だと、クリスマスのあとに終業式だったりするでしょ? 今年は26日から冬休みで、25日が終業式だから、25日にケーキを持ってくる気らしいわ。サクヤが運ぶって、先週、言ってたの」

「俺が甘いものを苦手なのは靫正くんも知っていると思うが……」

 晴は、ううむと腕を組んだ。「醤油味のケーキなら食べられると思うが……」

「隠し味に使うことはあっても、さすがに醤油味のケーキなんてないでしょ」

 嵐が呆れる。「ハルくんはケーキよりこの時季はお餅が好きだよね。あるとすぐ焼いてた」

「餅は最高だ」

 晴は顔をきりっとさせて言った。

「で、ケーキが来たらどうするの?」

 莉莉が問うと、その顔が困惑の表情にとってかわる。

「厚意ならいただく。そのときは嵐に代わってもらってもいいしな」

「わーい」

 嵐が無邪気によろこんだ。広間の中央でくるくる回っている。子どものようだ。

「ケーキ! いいね! ひとりで一ホール食べるの最高だよ」

「えええ……」

 さすがに莉莉はひいた。「食べたこと、あるの?」

「ある……」

 晴がいやそうな顔をして呟いた。「見ているだけでぞっとした……」

『ほんとうに嵐さんは甘いものがすきなんだねえ』

 ソファの傍らで丸くなっていたリヒトも呆れている。

『ケーキ……』

 ふわりと兼光が姿を現した。『甘味ですよね』

 兼光はずっと蔵の中にいたし、晴のもとにいたときも、莉莉が連れ歩いたのは特定の期間だけだ。だからあまり現代のことに詳しくない。莉莉が高校を卒業するのと前後して毛玉の写身を得たので、やっと外に自由に出られるようになったのである。

『最近、姫君がよく召し上がっておられる』

「そうそう」

 莉莉はうなずいた。母はこの時季になると毎週のようにケーキを買ってくるのだ。母はひとくちしか食べないので、自然と莉莉がかたづけることになる。この時季は体重増加に気を遣うはめになるのだ。

「よく、って、莉莉ちゃんそんなにケーキ好きなの?」

「母が買ってくるの。ケーキの飾りつけが好きだって言って。なのに食べないから、わたしが食べるしかなくて、ちょっと困ってるのよ」

 体重が増えることもだが、毎日食べると飽きてしまう。

「えっ、困るんなら、こんど持って来てよ。僕が食べるよ」

「……食べるのは俺だろう」

 晴がいやそうな顔をした。これは本気でいやそうだ。

「そうね。桜木さんがいいって言ったら持ってくるわ」

「言うわけがない」

「えー! ハルくんは意地悪だなあ」

「意地悪て。俺は生クリームは苦手だ」

「あら、じゃあ生クリーム以外ならいいの? チョコレートクリームとか、バタークリームとか」

「……バタークリーム……」

「ほんとのバタークリームはおいしいよねえ」

 双子なのに反応が正反対だ。晴と嵐は名前も正反対だが、嗜好も異なるのだ。

「とにかく俺が愛するのは甘い味ではなくしょっぱさだ」

「でもハルくん、プロットで疲れると甘いものをほしくなったりするだろ? だからラムネを食べてると思ったんだけど」

「糖分なぞブドウ糖で充分だ。森永ラムネはその点、ブドウ糖だから優秀だ」

「糖分……」

 莉莉が訝ると、晴は自慢するようににやりとした。

「ああ。考えごとをすると、脳が空腹感を訴える。プロットを無理やりひねり出したあとはいつも、脳に直接ブドウ糖注射をうてればいいのにと思うぞ。攻殻機動隊の世界だったら可能だろうに」

「情緒がない」

 嵐が肩をすくめる。彼はふわふわしながらソファに座ると、リヒトに寄り添った。

「どう思う? リヒト」

『そんなこと訊かれても。桜木さんらしいなって思うだけだよ』

「そうか、俺らしいか」

 晴はすっくと立ち上がると、いつもは見られない笑顔でソファに近づき、リヒトを抱き上げた。

『うん。いかにも桜木さんが言いそうだなって思ったよ』

 晴がもふもふすると、リヒトは修行僧のような顔になった。猫もそういう顔をするのである。

「ふふふふふふ。ならばよし」

 晴はそう言うとニヤニヤしたが、やがて高笑いをし始めた。

「これってさあ……」と、嵐が莉莉を見る。

 莉莉はソファに歩み寄った。

「悪役のひとが、ワイン片手に膝の上の猫を撫でてるみたいよね……」

 莉莉は思わず、呟いた。

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あやかし双子のクリスマス 椎名蓮月 @Seana_Renget

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