パンドラ

大塚

疫病

 世界を恐慌状態に陥れたウイルスによって、わたしの生活は思ったよりも変化しなかった。


 父親が取締役を務める会社の関連企業に勤務する夫は流れるようにテレワークで業務をこなすようになり、彼が家にいることによって双子の息子の世話もだいぶ楽になった。ふた駅先の街に父親とふたりで暮らしている母親は何かとテレビ電話やzoomで孫の顔を見たがり、どこで手に入れたのか大量のマスクや消毒液を定期的に送ってくれた。田舎の祖父母からは野菜や米も届き、自分自身が最低限しか家から出なくなったという以外は至っていつも通りの生活を送ることができた。


 分かっている。わたしは恵まれている。


 各種家事や保育園に行けずにフラストレーションを溜める息子たちの相手の合間の息抜きは、推しのバンドの配信だった。とはいえ彼らもこのご時世、楽器を持ってスタジオやライブハウスに集まるのも難しいのだろう。本当に不定期……三日連続でメンバーの家からお喋りを届けてくれることもあれば、その次は一ヶ月後の配信ライブということもあった。でも、こちらとしては彼らの顔が見られれば一向に構わない。アーカイブも残してくれるし、SNSはほぼ毎日更新してくれている。

 わたしの推しはベースを担当している市岡くんだ。見た感じわたしよりもひと回りは年下。背が高くて、目鼻立ちのはっきりとした綺麗な顔をしていて、ベースの演奏とトークは得意なのに音痴だからコーラスをさせてもらえない。そんなギャップも可愛いと思っていた。

 夏になったばかりのある日のことだった。市岡くんの個人アカウントに、気になる文言が投稿されていた。


「すげー暇なんで映画撮りました。良かったら見てね。」


 ツイートにはYouTubeのURLが貼られていた。すぐに見た。すげー暇で撮ったという割には本格的で、本編が一時間半もある大作だった。


 面白かった。


 ふたりの女性の逃避行の話だった。女優さんふたりだけが登場人物として現れ、淡々と進む彼女たちの関係は友情にも愛情にも見えて、市岡くんはこんな繊細な映像作品を作ることができる人だったのかと素直に感動した。

 たまにはコメントでも残そうかなと思い、その前にいったいどういうメンバーでどんな風に撮影されたものなのかという情報がほしくて、説明ページを開いた。


 息を呑んだ。


【監督:市岡ヒサシ】

 これはいい。分かる。理解できる。

【製作:一色いっしきレイジ】

 これはいったい、どういうことなんだ。

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