《9月12日朝。犯人の部屋。犯人》その二


「でも、タクミ。わたしはエスパーじゃない。ESP協会のテストを受けてもいいけど、絶対にそんな力ない」


「君、サラ・リンドバーグって作家の愛読者だったよね。マーシェルシリーズ。じつは僕、昨日の夜、初めて読んだけど、ビックリしたよ。ほんとに細かいとこまで僕らの生活を写しとったみたいなんだからね」


「…………」


 そう。そこまで知ってしまったのね。


「あのシリーズのヒーロー。マスミ・トウジョウって、ハーレクインロマンスではものすごく珍しい日本人なんだよね。物語のなかのニックネームがマーシェル。あれ、僕がモデルなんだって、リンドバーグさんが教えてくれた。ついさっき、息をひきとったんだけど……」


 あの作者。まだ生きてたの。とっくに死んでると思ってた。


「リンドバーグさんは予知能力者なんだ。未来に起こることが夢で見えるんだって。自分の見た夢を子どものころからずっと日記に残してた。その日記をもとにして小説を書いたんだよ。リンドバーグさんが若いころは、めったに超能力者はいなくて異質な存在だった。未来がわかる能力のおかげで一族は栄え、ヘル・パンデミックの前にスペースコロニーに逃れることもできた。けど、世間ではうとましがられて、ずっと孤独に生きてきた。僕の手をとって、最期に会えて嬉しかったって言ったよ。いつも夢のなかに僕がいたから、あの人の一生は幸福だったって……」


 ぽろりと、きれいな涙が、タクミの黒い瞳からこぼれおちる。


 ほんとにタクミはキレイ。

 少女のころ憧れたマーシェルそのもの。

 タクミに初めて出会ったときは驚愕した。あまりにも小説のなかの人にそっくりだったから。物語にしか存在しないはずの理想の人が、とつぜん現実の人間として目の前に現れたのだ。このときの喜びをどう表現していいかわからない。


 そのうち、彼のまわりの友人や、そこで起こるささやかな出来事まで、小説の一場面やストーリーに酷似していることに気づいた。登場人物のなかには、あきらかにソフィーらしき女もいる。


 作者のことを調べると、予知能力者だとわかった。小説はすべて、これからタクミや自分のまわりで起こることだということが。


「ずっと勘違いしてた。バタフライはユーベルを殺したいんだって。でも、ほんとの目的は違ってた。ユーベルを殺したいのは、彼が強力なエスパーだから。ユーベルの力が君の計画のジャマになると思ったからだ。小説を読めば、あの子がトリプルAだってことは書いてあるもんね。じっさい、ノーマはユーベルに助けられてる。

 だから、まず、ジャマなユーベルを殺すための計画を立てた。けど、ほんとに殺したかったのは、女の子たちのほうだった。

 ミランダが死んだとき、僕らのなかに彼女を殺せる機会のある人間はいなかった。でも、そんなことは未来がわかれば関係ない。前もって屋上に、ミランダをつきおとす相棒を用意しておくだけ。君なら重力調整装置にも、かんたんに細工できた」


「…………」


「一連の犯行、君は完璧だったと思ってるかもしれないけど、一つだけ誤算が働いたよ。昨日、ミシェルの部屋には、ノーマとシェリルが泊まってたんだ。ユーベルの追悼のためにね。おかげで、ミシェルのクマはプログラムどおりの働きができなかった。ミシェルが寝たら、クマが襲う仕掛けだったんだろうけど、同じ室内に目のさめてる友達がいたんだ。クマがターゲットをしぼれずに右往左往してるうちに助けが来た。ミシェルもほかの女の子も生きてる。君に改造してもらったクマがあばれだしたって証言した」


 そう。未来が変わることもあるのね。昨日のミシェルはいつもどおり一人で就寝するはずだった。急いで二つの仕事をしようとしたから、ボロが出てしまった。やはり、あせりは禁物だ。


「……どうして、女の子たちを殺そうとしたの?」


 おバカさんねぇ。ほんとにタクミはニブイんだから。あの小説のラストまで読めば、もうじき、あなたが誰かと結婚することがわかる。新婦が誰なのかは書かれていない。親しい女友達としか。

 そうなる前に、結婚相手になりそうな女たちをかたっぱしから消しておきたかった。子どもっぽいアニメ趣味からも卒業させたかったし。


 でも、そうは言えないので、ささやく。


「それをわたしの口から言わせるのは酷じゃない」

「僕は君のことも、みんなのことも、同じくらい大切な友達だと思ってたのに」


 あらあら、また泣いちゃって。友達を助けに炎のなかへとびこむくらい勇敢なのに、ふだんはこうなのよね。そこが可愛いんだけど。


「わたしの好きと、あなたの好きは違ったのよ」

「ごめん。僕、恋愛にトロくて」


 ほんとにね。それ以外のことは明敏なのに。

 わたしがバタフライだと、あなたに指摘されたのは痛かったわ。


「自首してくれる?」


 タクミが言うので、うなずいた。

 ほんとのことは言わないでおこう。きっと彼は泣く。タクミはそういう人だ。


 たとえ、殺人犯のわたしでも、タクミが帰ったあと、眠るように安らかに死ねる薬で、この世を去ると知れば……。

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