《同日午後九時。ディアナへむかうタクシー内。タクミ》その二



 我に返り、心配になったタクミは、携帯から電話をかける。

 エミリーはつかまらなかった。まだ自宅に帰っていないらしい。ノーマも同様だ。この二人は携帯を持っていない。

 ミシェルにかけたとき、やっと応答があった。泣き顔のミシェルがモニターに映ったので、タクミは焦燥した。


「何かあったのッ?」

「あったじゃない。悲しいことが。それで、さっきまで、みんなで集まってたのよ」


 背景はミシェルの家だ。


「みんなって、誰と誰?」

「エミリー以外は全員。ジャンとエドもね。ほんとはみんなで、あなたのところへ行きたかったんだけど、タクミは落ちこんでるだろうから迷惑になるって、ジャンが言ったのよ。あとでエドと二人で寄るって。さっき出ていったところ」

「もしかして、ユーベルのことで集まってたの?」

「そうよ。ほかに何があるっていうの?」


 タクミは胸が熱くなった。

 一人で気落ちして、一人で解決しようとしていたが、すぐ近くに悲しみをわかちあえる人たちがいたのだ。


(よかったね。ユーベル。みんなは君のこと、大切に思ってくれてたんだよ)


 涙ぐみそうになるのを抑えて、用件を述べる。事態は緊急を要する。泣いてるヒマなんかない。


「じゃあ、今そこには君とお母さんしかいないの?」

「ノーマとシェリルは泊まってくわ。今日は一人になりたくないって言って」


 それは都合がいい。犯人が誰で、なんのために彼女たちを狙っているのかわからないが、一人でいるのは危険だ。今はバタフライもあせっている。何をするかわからない。


 とにかく、アンドレを保護してしまえば、犯人のトラップは消滅する。バタフライは計画が座礁して、しばらくは警察の目をのがれるために、ようすを見るしかなくなるだろう。それまでは彼女たちの安全を第一に確保しなければならない。


「聞いて、ミシェル。君たちの身が危ないかもしれないんだ。今夜はもう絶対に外に出ないで。一人にならないようにするんだよ。あとでまた詳しく説明するから」


 病院へ電話をかけて、エミリーにも注意しておこう。それから、ダグレスと相談して、警察の護衛を彼女たちにつけて、アンドレのことも——と、思案をめぐらせていたときだ。モニターの背後で悲鳴があがった。


「えっ? 今の何? ミシェル?」

「わからない。ちょっと待ってね」


 ミシェルがカードパソコンを手にしたまま歩き始める。センサーの位置が変わったせいで、立体ホログラフィーが崩れ、ミシェルの下半身だけが亡霊みたいに浮かんだ。

 そのうち、ふたたび悲鳴が聞こえて、テレビ電話はいきなり切れた。亡霊がかききえる。


「ミシェル! ミシェル!」


 いくら呼びかけてもムダだ。回線が通じていない。

 すぐにもかけつけたいが、タクシーはまだディアナへむかう途中だ。ディアナ市内に入るまで、あと数分はかかる。


 タクミは急いで、ダグレスの携帯に電話をかけた。が、こちらも不通だ。話し中でも留守電でもなく、コール音さえ聞こえない。ダグレスの携帯は電源が切られているか、故障している。


 急にタクミの脳裏に悪い予感がよぎった。夕方、別れたときに、そんな話題は出なかった。事件のことで緊密に連絡をとりあわなければならないこの時期に、刑事のダグレスが電源を落とすとは思えない。故障していれば、そのむねを告げるだろう。ダグレスの身に何か起こったのだろうか?


(そうだ。ジャンたちだ)


 タクミは祈るような気持ちで、ジャンに連絡をとった。今度はつながる。お悔やみを述べようとするジャンをさえぎり、危急を告げた。


「急いでミシェルのとこに戻って! ミシェルたちが襲われた!」


 さッとジャンの顔が青ざめる。無言で電話は切れた。今ごろはミシェルの家へひきかえしているだろう。ミシェルの口ぶりでは、ついさきほど家を出ていったようだった。まにあうかもしれない。


「おいおい。急にだまりこんだと思ったら、どうしたんだ? なんかヤバイことになってんのか?」


 マーティンが眉をしかめてたずねてくる。


「うん。犯人のターゲットがわかった。今、襲撃されてる」


 話しながら警察に通報しようと、カードパソコンを持ちなおした。ところが、その矢先に電話がかかってくる。


「マーティン。警察に通報して。ディアナ東区のボアジュネ宅で事件が起こってるから、急行してくれって」


 たのんでおいて、タクミは電話をつないだ。モニターに今にも泣きそうなエミリーの顔が映る。


「タクミ。お願いよ。ダグレスを助けて。さっきからずっと連絡がとれないの。あの人、殺されちゃう」

「エミリー? 落ちついて。ダグレスが殺されるって、どういうこと?」

「さっき、リンドバーグさんが教えてくれたの。夢のなかで、ダグレスが襲われてたって。お願い。あの人を……ダグレスを助けて」


 エミリーの瞳から次々に大粒の涙がこぼれおちてくる。首飾りが作れそうなほどって、こういうのを形容するのだろう。


(そういうことだったのか。今日のダグレスの態度)


 タクミに責められるとでも思っていたのか。そんなわけないのに。


(よかった。エミリー。もう君は一人じゃないんだね。初めて会った日、はぐれてしまったこと、ずっと気になってた。君は忘れてしまってるかもしれないけど。さびしい目をしたクラリス。君の幸せは僕が守るよ。あのとき、君を見失ってしまったおわびだよ。君はあんなに、誰かにすがりつきたいような目をしてたのに)


 タクミは断言した。

「約束する。必ず、ダグレスを助ける」


 電話を切り、タクミはエンパシーを解放した。ブロックを解き、全力でダグレスの脳波を探す。まもなく、つきとめたが、それは意外な場所だった。


(リラ荘だ)


 タクシーはディアナに入った。

 等間隔にならぶ街灯が、光の玉となって背後に流れていく。

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