《同日正午。ディアナ南区殺人現場付近。ダグレス》
二人の被害者は約五十メートルの間隔をおいて、異なる場所で殺されていた。
犯人は昨夜、闇にまぎれて少年たちのあとを尾行し、二人が別々の方向へ歩き始めたところを狙って、まず一人を殺害。すぐさま、もう一人を追いかけ、背後からナイフで刺殺している。
一人めの犠牲者は十六歳のイリヤ・イワノヴィッチ・コモニコフ。
ディアナではめずらしいロシア系だが、住民票を持つ正式な市民ではない。一年前に月の裏側にあるロシアロマノフシティーから来た家出少年だ。家族から捜索願いが出されていた。
顔立ちは悪くないのだが、とにかくニキビだらけで、これまでのバタフライの趣味からはかけ離れていた。
もう一人はさらにバタフライらしくない。十九歳で二メートルはあろうかという大男だ。筋肉トレーニングに強迫観念でも持っているのかという体格。名前はブルーノ・デブレ。
近隣住民の話だと、二人は殺人現場となった細い通りから、ほど遠くない地点に同居している。別方向へ歩いていたのは、帰宅前にイリヤ少年だけが、ピザ屋へよるためだったようだ。
彼らの死体を見つけたのは、早朝、飼い犬に散歩をさせていた通行人。
ナイフで刺殺。現場に蝶のマークはあるが、なぜか今回、カードを示すいつもの血文字が描かれていない。続けざまに二人だったから、暗号まで残しておく時間がなかったのだろうか?
例のとおり、被害者二人はカードを使ったストリートギャングだったらしい。そのあたりをもっと詳しく知りたくて、ダグレスは現場の捜査が終了したあとも、付近で聞きこみをおこなっていた。
本来、こういう地道な調査は、超能力捜査官のダグレスの仕事ではない。だが、今回、これまでの六件の犯行との相違点が目立つことが気になる。
公開捜査に切りかえたことで、バタフライキラーの事件を知った別人による模倣犯ではないかとも思える。が、蝶のマークの描きグセが前回までと一致している。
やはり、同一人物の犯行と見るべきで、逆に前回までと異なる点に、犯人なりの主張があったということだろう。
(前回までのカードが表していたのは、天使。これまでの少年たちは天使だったが、今回の二人は天使ではないということだろうか? 天使……純粋……無垢、正義——いや、もしかしたら、無実……?)
自分のひらめきに、ダグレスはおどろいた。夜にはカードギャンブラーが集まるゲームセンター界隈も、昼間はふつうの少年少女が歩いていた。急に立ちどまったダグレスを不審そうに見ている。しかし、今、他人の視線など、ダグレスには気にならない。
(無実……か。バタフライキラーは、カードギャンブラーに自分のカードを奪われたコレクターだという考えがあったな。もし、そうだとすると、これまでの六人は人違いだったが、今度の二人こそ的中だったという意思表示では?)
悪くない思考ではないだろうか?
二人の所持品や住居からは、デッキを組めるほどの枚数のカードは見つかっていない。犯人に持ち去られたらしい。
ついに犯人は目当てのカードをとりもどしたということだろうか。
もしそうなら、これ以上、バタフライは現れないことになる。
(いや、しかし、それなら、ユーベルのもとに贈られたバラはなんの意味だ? あれはバタフライのしたことではなかったのか?)
とは言え、ひと月半の沈黙をやぶり、バタフライが現れた。その翌日に届けられたバラ。二つのあいだに因果関係がないとは考えられない。
そう言えば、あのバラの件はどうなっただろう。
防犯カメラの映像から、持ってきた人物が割りだせただろうか。
どうせ、昼間のゲームセンターでは、ろくな情報は得られない。やはりカード賭博のことは、それをしていた連中に聞いたほうが早い。夜になって、また来よう。今はバラの出所を洗ったほうがいい。
ダグレスはタクシーをひろい、リラ荘へむかった。
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