五章 ウォーキング・デス

《9月10日午前九時半前後。T・T事務所兼リビング。タクミ》その一



 今日はユーベルのいつもの定期検診の日。

 急いで出かけようとしていることころに、事務所のテレビ電話のコール音がした。


「ああ、どうしよう。今日にかぎって鳴るんだ」

「タクミが悪いんだよ。おれ、何度も起こしたのに」

「悪かったよぉ。昨日つい小公女物語を観ちゃったから、途中でやめられなくて……だって、途中でやめたらかわいそうじゃないか」

「もういいから、早く、電話」


 残念な結果に終わったサマーフェスティバルから、今日で二十日。

 タクミとユーベルの生活はすっかり通常に戻っていた。あいかわらずのペット探しの日々だ。今のところ、バタフライの影はないが、油断は禁物だ。


「はい。T・Tサイコ探偵事務所です」


 電話はリリーの飼いぬしからだった。彼女の名前は失念してしまったが、性格のきつそうな顔立ちと青い髪におぼえがある。事務所の机上をあせってかきまわし、以前の依頼でもらった名刺を探した。写真入りの名刺を見て、ホッとする。ゲルダ・ブルデン。そうそう。雪の女王のゲルダ。ドイツ系だ。


「ブルデンさんですね。ご依頼ですか?」


 ブルデン女史は白い目でタクミを見た。

 もしかして名刺を探している姿がモニターに映ってしまったのだろうか。こういうとき、テレビ電話は不便だ。便利さの追求は不便さの追求でもあると、タクミは思う。


「リリーを探してほしいのよ。昨夜からいなくなってしまって。困った子だわ。家出グセがついちゃったのかしら」


 だから、週に一度はお母さんに会わせてあげてくださいと念を押したのに。


「またお母さんのところでしょうか」

「わたしにわかるわけないじゃない」


 ブルデン女史の冷たいお言葉。


「は、はい。そうですよね。すいません」


 すると女史は、ちょっとバツの悪そうな表情になった。


「あら、ごめんなさい。リリーのことが心配で、ちょっと厳しかったわね。でも、マリー——リリーの母猫のことだけど、マリーちゃんには二日前に会わせたばかりなのよ。いつもは週に一度会わせれば満足してたのに、今度にかぎってどうしたのかしら。とにかく、探してください。契約条件は前と同じでいいから」


 タクミはよこ目で壁掛け時計を気にした。


「あの、すみませんが、今日はこれからどうしても変えられない予定があるんです。探すのは早くても今日の午後からか、明日以降になりますが、それでもよろしいですか?」


 女史は少しのあいだ、しかめっつらをした。

「しょうがないわね。そのかわり、できるだけ早く見つけて」


 一方的に電話が切れる。

 やっぱり、この人は苦手だ。


「リリー。この人がイヤで脱走したんじゃないの?」


 玄関口でペカチュウのリュックを背負いながら、ユーベルが言う。

 ペカチュウはユーベルが保護されたばかりのころ、タクミがプレゼントしたものだ。ユーベルはいたくお気に召している。そろそろペカチュウって年じゃないよと言うのだけれど、ユーベルは強情に背負い続けていた。


「そう言っちゃ、いくらなんでもかわいそうだよ——わッ、もう九時二十分。急ごう。半にまにあわなくなる」


 ドアをあけて廊下に出かけたタクミは、心臓がすくむような思いがした。

 廊下にアレが置かれている。妖しく青い血の一滴のような花一輪。


 すぐさま、タクミはダグレスに電話をかけた。


「ダグレス。今、どこ?」


 ダグレスは殺人現場にいた。

「昨夜遅くから今朝未明にかけて、少年が二人、殺されました。少年と言っても片方は十九歳ですから、青年と言ったほうがいい。バタフライの仕業です。現場に例のマークが。近ごろ、なりをひそめていたのだが」


 それでは、ダグレスの手をわずらわせるわけにはいかない。


「じつはたった今、玄関前に例のものが。今回はメッセージカードはなく、バラ一輪だけ。ここって監視ついてるよね?」

「ビルとハワードがついてるはずだ。連絡をとろうか?」

「いや、いいよ。むかいの家だろ? ちょくせつ行ってみる」


 電話を切り、今度はホスピタルへかけて遅刻のむねを伝えておく。


「ユーベル。君は家のなかで待ってて。誰が来ても絶対、出ないで」


 ユーベルを閉じこめておいて、青薔薇一輪にぎったまま外へ走った。

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