《同日午後三時。ホスピタル。ダグレス》



 廊下の奥のソファーに、タクミがすわっている。落ちついているが、いつもと少しだけ思念の波長が違うことに、ダグレスは気づいた。

 いやしの水をあふれさせる泉のような波形は同じだが、その水が温泉のように熱い。甘露のような味にも今日は塩味がきいている。

 仲間を次々に襲われて、いかに温厚なタクミでも怒っているのだ。


 ダグレスはなんとなく、おかしかった。タクミがあたりまえの人間だとわかって安心した。


「やあ、ユーベルくんの容態はどうです?」


 声をかけると、タクミはかすかに笑った。


「洗浄が終わって、高圧酸素治療を受けてます。どこにも異常なし。処置が早かったので、入院の必要もないそうです」

「それはよかった」


 ダグレスはタクミのとなりに腰をおろした。

 タクミが苦々しげにため息を吐きだす。


「カード大会場を見張ってたんじゃないんですか?——って、そうか。もう三時か。そろそろ試合も終わるころか」

「私が会場を出たときには決勝が行われていました。カーライルさんは惜しくも準決勝で敗れました」

「うん。ダニーは手堅く攻めるけど、ここぞってときの勝負で退いちゃうんだよね。たまには賭けてでないと」

「そうですか。そっちはビルが見張っています。オークションもカード関連は出つくしましたし、それより、あなたがたに問題があったと聞いたので、かけつけてきました」


 ここへ来る前に、すでにコスプレ大会の会場に残っていたタクミの友人たちから、だいたいのところは聞いていた。


 悪質な水鉄砲の犯人は、扮装のせいで、誰に聞いても背の高い男のようだったとしかわからない。


 男が明確な殺意を持ってユーベルを狙ったのなら、それを計算の上で、この日に決行したのだと言える。ノーマ、ユーベル、二件の殺人未遂はかなり計画的な犯行だったと。


「バタフライキラーでしょうか?」と、タクミ。

「そう考えざるを得ないでしょう。あなたの友人二人が二日のあいだに続けて襲われた。偶発的とは思えません。それ以外に他人から殺されそうになる理由は、ユーベルくんにないでしょう?」


「そうですね。どっかのチームのコアなファンが、自分の応援するチームを優勝させたくて、ああいう方法をとったのかなとも考えたんですけどね。でも、ユーベルの件だけなら、ステージであんなことをしたら、すぐに救急搬送されて死亡することはまずないと初めからわかりきってる。これで僕らのチームは棄権だし、もし昨日、ノーマがケガしてれば、ノーマたちも棄権してた。自分で言うのもなんですが、僕ら人気のチームなので……優勝候補が二チームもいなくなるわけです。ほかのチームにはすごく有利かなぁと。でも、それにしてもノーマのことはやりすぎだ。へたしたらほんとにノーマは死んでた。コスプレ大会なんて、しょせん、アマチュアの趣味の大会なんだから、そのために殺人までしますか? そんなの現実的じゃない。となると、もう一つの殺人事件がからんでるとしか考えられない」


 その考察は、ダグレスも一致していた。


「ちなみに、コスプレ大会は今後の悪い前例にならないよう、今年は中止されました。運営はあなたの言うような他チームの妨害工作だと判断したようです」

「そうか。けっきょく中止になっちゃったのか。みんな楽しみにしてたのに」


「次のフェスティバルからは、ゲートでの持ち物検査がもっと厳重になるようです。ところで、コスプレ大会場にいた観客の話では、謎の男、ダークインベーダーは一匹狼のようです。会場に入ってから誰とも口をきいていない。何人かが話しかけて無視されています。周囲のふんいきから浮いていたようです。さわぎを起こしたかっただけなら、あなたがたの前にも何組みも登場している。そちらを狙えばいい。やはり、ユーベルくんを標的と定めていたんでしょう。バタフライとしか考えられない」


「でも、なんでバタフライがノーマを狙ったんだろう? ノーマとユーベルを見間違えたなんてことは絶対なかったですよ。ノーマのコスチュームはミニスカだったし、ユーベルは軍服だ。いくらダークインベーダーの仮面で視界が悪かったとしても」


「こう考えてはどうでしょう? ノーマさんはエンパシストだそうですね。彼女のややお行儀の悪いクセについては、あなたの友人たちから聞きました」


 タクミは口をとがらせた。

「お行儀が悪いだなんて、ノーマはウッカリ屋さんなだけですよ」


 ダグレスは微笑する。

 友人たちからも、タクミはノーマを疑っていないらしいと聞いていた。


「わかっています。とにかく、彼女のクセは仲間内で知られたことだ。もしも、バタフライキラーがユーベルくんを殺すつもりで、あなたがたに近づく機会をうかがっていたとしたら、彼女の存在はジャマになるんじゃありませんか? 襲撃を悟られたり、犯人だとバレる危険性もある。ユーベルくんの前に彼女を殺そうとしたのは、準備行動だったのではないでしょうか」


 タクミは口元にグーをあてて考えこんだ。今日は前髪をひねりまわす変な仕草はしていない。あれも仮装の一環だったらしい。


「そうですね。昨日と今日、サマフェスのあいだは、ノーマも制御ピアスをしてるから、犯人は安心して近づけた。同じことはユーベルにも言える。人ごみにまぎれたり、自分もコスプレで素顔を隠せる。でも、だとしたら、ミラーさん。すでに犯人は僕たちの近くまで来てるってことですよね? ノーマのクセを知ることができるくらいには、僕たちのそばにいて、日常生活のなかにとけこんでる——そういうことですよね?」


 ダグレスの脳裏に、白銀の髪の医師の姿が浮かぶ。


「そうです。これからはよりいっそうの注意が必要です。警察もユーベルくんに護衛をつけることになるでしょう」


 二人のあいだに沈黙がおりた。

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