《同日、午後十時すぎ。ディアナ東区ダニエル宅。ダグレス》その二


 ダニエルはファイルブックなどを卓上に置いた。

 電磁波を遮断する保護ケースをあけて、ぱらぱらとなかのカードを出してみせる。それは一般的なホログラフィックスカードで、大きさはトランプと同じくらい。一枚ずつに個別の絵が入っている。このていどなら、ダグレスだって子どものころに遊んだので知っている。


 カードにはキャラクターカード、オプションカード、アクションカード、パワーカードの四種類がある。


 キャラクターはゲーム上に設置された自分の砦(場)を守って、じっさいに戦う戦闘員。基本能力値や行動パターンがインプットされている。


 オプションカードは特定のキャラクターに付属する武器やアイテム。装備品だ。銃を持たせれば銃撃を、剣を持たせれば剣撃をおこなう。アクションを増やせるわけだ。身につけているだけで効果のあるものもある。


 アクションカードでもキャラクターに基本とは違う行動をとらせることができる。だが、使用に特定の条件があり、そのぶん強力な技になっている。戦局を左右する起死回生の一手になることもままある。


 パワーカードは戦闘で傷ついた体力を回復させたり、満タンのときには基本数値を底上げすることもできる。またアクションカードのなかには、このカードで場のパワーをあげておかなければ使えないものもある。ゲーム内のエネルギーのようなものである。


 これらのカードを五十枚のデッキにバランスよく組んで、シャッフルした山札から手札をひいていき、専用映写機に読みこませていく。

 最終的に敵の砦を落とすか、デッキのなかの全キャラクターを戦闘不能にすると勝利になる。


 細かなルールはほかにもいろいろあったが、だいたいはこんな感じだったと、ダグレスは記憶している。


「このデッキは僕がバトル用に使ってるものなので、そんなにレアなカードはないですが、けっこう強いですよ。ふだん使わないカードは、こっちのコレクターズシートで保管してます」


 ダニエルはさも愛おしそうに、電磁波保護ケースに入ったファイルブックをとりだした。


「ミラーさん。コレクターズシートをご存じですか?」

「いや、私はそこまでは」


 細密な映像が美しく、見ているだけで楽しいカードではあるが、やはりゲーム用だ。いっしょに遊ぶ相手がいてこそ本領を発揮する。友人のいなかったダグレスは、そのうち飽きてしまった。種類が豊富すぎて、子どもの遊びにしては金がかかるせいもあった。


「では、これを見てもらいましょうか」


 ダニエルは自慢げにファイルブックをひろげてみせるものの、自分が持ったままで、ダグレスにさわらせてはくれない。


 ファイルブックは一ページに九枚のカードが入るようになっており、三十枚つづり。その一冊に三百枚ていどのカードが保管可能のようだ。


 ダグレスは自主的に制御ピアスをとりつけた。Bランクのエンパシーが暴走すると困る。とたんに光るヒドラはこのうえなくキレイな少年の姿になる。天使もかくやというほどに。


 ダニエルが笑う。


「大丈夫ですよ。僕はホログラフィックス社のカードバンクで保険をかけていますから。もしもウッカリデータを消去してしまったり、事故や盗難で失ってしまっても再発行してくれます」


「なるほど。わりにサポートが充実しているんですね。それにしても、ふつうのバトルカードと違いがないように見えますが?」


「いえ、コレクターズシートはメモリ容量がバトル用カードとは段違いなんです。この一枚に一つのシリーズの全種のカードが入る。僕くらい買い集めてると、バトルカードのままで置いとくと膨大な量になるので、こうしてデータを移行してコンパクトに保管しているんです。現在までに全世界で販売されたブースターやデッキセットのシリーズは、おおよそ七千。よほどレアなものでないかぎり、僕はだいたい持っていますよ」


「それだけ集めるとずいぶんな額になったでしょうね。私が子どものころには一つのパックが五枚入りで三ムーンドルでしたが」

「今は五枚入り四ムーンドルですね。限定規格物だと、その十倍ていどの定価も少なくないが」

「四十ムーンドルか。それは遊びにしては高額だな」


「そうなんです。だから、コレクター同士で欲しいカードを交換するネットワークがあるんです。タクミとはそうして知りあった」


 カードの話がずいぶん長くなってしまった。だが、ダグレスが知りたい肝心の情報ではない。


「ところで、例の六つの血文字だが、どれかのカードに該当しますか?」

「ああ、それは全部、ブースターパックですね。ジャンルは神話が二枚、ピクチャーが二枚、クリエイターとタクミの好きなジャパニメーションが一枚ずつ。ちょっとパソコンのデータでどんなカードか調べてみましょう」


 ダニエルはウォッチ型のウェアラブルをのぞきこむ。


「BMc021-004は大天使ミカエルのキャラクターカードですね。BMc078-036は大天使ウリエル。BPa0179-009はフラ・アンジェリコの大天使ガブリエル。BPa01034-052がフラゴナールの天使。最後がBCr01-010か。カーマ・ゴールデンというCGアーティストの天使」


「全部、天使か。今日の現場にあった番号は?」

「これですね」


 ダニエルが壁に映しだしたカードの扉絵は、ヘルメットをかぶり、背中に翼のあるものだ。タクミが笑いだした。


「エンジェマンだ。いちおう天使ですよ。僕、エンジェウーマンは持ってるけど、エンジェマンは持ってないなぁ。ダニー、予備持ってたら交換してよ」

「悪いが一枚しかない」


「うーん。まあいいか。この前、激レアのシルキーまみが出てさ。もう可愛いのなんの」

「もしかしてデッキセットの千ケースに一つ入ってるやつか? それとなら交換——」

「やだよ。冗談。デッキセット五つ買って、やっと出たんだぞ」


「五つなら大ラッキーだ。タクミはカード運いいよな。バトルのときの引きもいいし」


 カードマニアとアニメオタクが戯言に熱をあげだしたので、ダグレスはわざとらしく咳払いした。二人は先生に叱られた子どものような顔をする。


「すみません。バトル時のホログラフィーも見ますか? 一枚しかないものもあるので貸すことはできませんが」

「ぜひ、お願いします」


 ダグレスが頼むと、ダニエルは手早くコレクターズシートを選び、専用映写機にセットした。一人プレイモードで六柱の天使を出現させる。


 その映像のどこかに事件を解決に導くヒントが隠されていないかと、ダグレスは何度もながめた。しかし、天使たちは何も語ってくれなかった。


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