幕間1

 ――季節は夏。

 とあるVRゲームの未帰還者事件が解決されて間もない頃にまで遡る。


 ――鋼和市北区の一角にある『クロガネ探偵事務所』にて。



「どうでしょう? あなた方にとっても悪い話ではないと思いますが?」

「……謹んでお断りします」

 テーブルを挟んで対面に座る事務所の主、黒沢鉄哉が頭を下げて私の提案を断った。

「……本当に悪い話ではないと思うのですが。今話した通り、我が社に入って頂ければ、お給料や配給する装備を始め充実した保障をお約束します」

 卓上には危険手当を含めた決して安くはない給料額をはじめ、会社のバックアップ内容を詳細かつ解りやすくまとめた書類やパンフレットが広がり、それらを最大限に活用したこの私直々のプレゼンテーションも完璧だった筈だ。助手を相手に、何度も練習をしたのだから。

「確かに充実した保障や給料は大変魅力的ですが、私達はどこにも雇用される気はないのです。申し訳ありませんが、お断りさせてください」

 黒沢は淡々とした穏やかな口調で、再び頭を下げた。

 うーん、これは困った。まさかこの好条件を断れるとは思ってもみなかった。正攻法でダメなら、プランBだ。

「そう言われましても、こちらもあなた方のような優秀な人材を欲しているのです。過激派暴力団を壊滅させ、VRゲームで発生した未帰還者を全員生還させ、これまでに数々のサイボーグ犯罪者やオートマタを捕縛・撃破してきた逸材はそうは居ません」

 持ち上げて気を良くして貰って、多少強引にでも引き抜く。

 名付けて、『褒め殺し作戦』。

「いや、意外と他にも居るんじゃないですかね」と黒沢。

「……ご謙遜を」

 居るワケあるかっ、と内心ツッコミを入れる。

 居るとしたら、この街の実質的支配者である獅子堂光彦直属のセキュリティくらいなものだろう。

 噂では、人間離れした超人や達人を大勢抱えているというし。

 流石にあそこからヘッドハンティングをする度胸は、私にはない。

「我が社は設立して間もない探偵会社です。すでに数名ほど見所ある人材を本土、そして市内から採用していますが、鋼和市をよく知る者や対オートマタ・サイボーグ戦の経験者は不足しています。貴方と貴方の助手ほどの逸材が我が社に来て頂けると、大変頼もしいのですが」

「そう言われましても……」

 ここまで言ってもまだ渋る黒沢に痺れを切らし、足元のアタッシュケースを卓上に置いて蓋を開き、中身を見せた。

 ぎっしりと詰められた札束に、黒沢はぎょっとする。

「あなた方お二人を、二億円で買います。まずは前金として、この場で一億をキャッシュで出しましょう」

 最終プラン、『金の力で買収作戦』。

「あなた方クロガネ探偵事務所を、我が社に――」

 買い取らせてください、と言い切る前に。


 バタンッ。


 黒沢がケースの蓋を閉じた。

「……いくら勧誘しようとも、いくら積もうとも、貴女の下に就くことはない。諦めてください」

 鋭い眼差しで私を射抜き、私の勧誘を拒絶した。


 この日を境に、私の戦いが始まった。


 黒沢鉄哉、通称クロガネ。クロガネ探偵事務所。

 世界最先端の科学技術を有する実験都市、この鋼和市において優秀な探偵は二人も要らない。

 私こそが、この街で一番の探偵であることを世間に示してみせる。



 私の名前は白野銀子。

 鋼和市東区で起業した『白野探偵社』の若き社長であり、新進気鋭の名探偵となる(予定の)才女である。

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