幕間2

「……やれやれ」

 銀子と優利が立ち去った後、二人が視線を向けていた暗い路地裏からクロガネが現れた。

(まさかここで白野銀子と出くわすとは、予想外だ)

 かつて銀子からのスカウトを蹴って以来、何かと彼女から目の敵にされている節がある。

 直接的な損害こそ受けているわけではないものの、銀子が運営する『白野探偵社』の方が大規模で社員も多く抱えているため、大抵の依頼はそちらに流れてしまうのだ。

 優秀な助手のサポートによって『クロガネ探偵事務所』の景気と評判は緩やかな上昇傾向にあるとはいえ、『白野探偵社』と比較すると両者には大きな開きがあった。

 同業者で商売敵がいる以上は仕方のないことだと割り切ってはいるものの、何とも世知辛い話である。


(傍に居た学生もなかなか勘が良い。制服からして、美優と同じ学校だったか)

 クロガネはPIDを取り出すと、ある画像データを呼び出す。

(こちらが受けた依頼と、向こうの依頼がバッティングしてしまうとは)

 ホロディスプレイに表示されたのは、先程まで銀子とその助手が護衛していた女性の顔写真だ。クロガネに人捜しの依頼をしてきた男性から受け取った画像データである。交際していたのか、依頼人と肩を寄せ合って笑顔でピースサインをしている。

「……少し、気になるな」


 クロガネ探偵事務所は依頼を受けた一方で、白野探偵社はを依頼されているようだ。


 同一の対象者に、二つの探偵業者が相反する依頼を受けたことになる。

 加えて先程目にした女性の表情や雰囲気が、どことなく写真の彼女とは異なる感じがした。


 クロガネは多機能眼鏡のフレームに指を添えて、相棒に連絡を入れる。

 ちなみに指を添える必要はないのだが、周囲から怪訝に見られないよう『通信をしているポーズ』を意識しているのだ。

「美優、今回の依頼人に関しての裏取りと、捜索対象者の身辺調査を頼む」

『了解です』

 すぐに応答した美優の声が、フレームに内蔵された骨伝導式無線を通して伝わる。

『白野銀子が受けた依頼内容も調べておきますか?』

 続けてそう提案する美優。

 相変わらず仕事が出来過ぎて頼りになり過ぎる助手だ。

「頼んだ。お前なら大丈夫だろうが、こちらの存在が悟られないように」

『解りました……あ』

 唐突に声を上げた美優の声に続いて、大きな物音が聞こえた。

 何だ? まさか、事務所に襲撃か? 心当たりは……割とある。

「どうした?」

 クロガネの声に緊張が帯びる。

『今、事務所内を大掃除している所でして、ナディアさんがうっかりリビングの本棚をひっくり返してしまいました』

 とりあえず、襲撃ではなかったようだ。

「二人とも怪我はないか?」

『問題ありません』

 安堵した後、改めて訊ねる。

「何でまた大掃除を?」

『実は先程、クロガネさんの好みの女性についてナディアさんと激しい議論を交わした末、こうなったらクロガネさんが所有しているエロ本やエッチなグッズを探し出して確認しようという結論に至り、二人で大掃除の名目で家探しを』

「……何やってんだ」

 呆れと脱力と頭痛しかない。

 完全にプライバシーの侵害だろ。

『それでどこに隠しているんですか?』

「それを本人に訊く辺り、いっそ清々しいなオイ。仮に持っていたとしても、隠し場所を教える筈ないだろ」

『世間一般のお母さんみたく、綺麗に掃除した部屋のテーブルにエロ本を置くようなことを一度やってみたかったのですが……』

 随分とまたマニアックかつ残酷なネタに憧れる助手だ。青少年の心を抉るような真似をして何が楽しいのだろう?

「とにかく、散らかしたならちゃんと綺麗に片付けて。ナディアにもそう伝えて」

『解りました。あ、帰るついでに最近話題の新作コンビニスイーツを希望します』

 仮にも自身の保護者にして所有者にして雇用主でもある相手をパシらせるとか、美優も図々しくなってきた。

「新作スイーツって何だよ?」

『PIDに画像を送ります』

 着信音と共に送られてきた画像を確認すると、そこにはコンビニスイーツらしからぬゴージャスなパフェがあった。

 その名も、『ギャラクシーメガパフェ』。

 比較として隣に置いてある一般的なサイズの三倍はボリュームがある。

「なん、だと……?」

 そして、その金額に目を剥き、思わず二度見する。

『このボリュームで、一つ税込み2980円は安いっ』

「いや、でけぇ上に高ぇっ! むしろ妥当すぎる!」

 量は元より高級な食材でも使っているのだろうか?

 もはやコンビニではなく、本格派スイーツ専門店のクオリティである。

「ダメだ、(値段もカロリーも)高すぎる。悪いけど」

 買わないぞ、と言い切る前に。


『*********』

「!!?」


 美優がボソっと呟いたアルファベットと英数字の羅列に、クロガネは驚愕し、絶句した。

「……美優、それは」

『クロガネさんがPIDに厳重保存してある、とあるフォルダーのパスワードです』

「…………」

 もっと早く削除すべきだったと後悔するが、今更遅い。

 仮に今削除したとしても、ハッキング能力に長けた美優の手に掛かれば、簡単にサルベージされてしまう。

『ご安心ください。個人的にかなり興味がありますが、まだ中身は閲覧していません。ですが、クロガネさんの今後の対応次第では……お解りですね?』

 お手本のような脅迫である。

 信頼していた助手に弱みを握られてしまった。

 ……反抗期だろうか?

「……ちょっとコンビニ寄ってくる」

『ありがとうございます』

 クロガネの敗北宣言を、美優は嬉々として受け入れた。

『あ、可能であれば真奈さんとナディアさんの分も買ってきてください。代金はクロガネさん持ちで』

「鬼か」

 追い討ちを掛けるんじゃない。

 それと居候中のナディアはともかく、真奈は部外者だろうに。

「……こうなったら向こう一ヶ月は、飯が質素になると思え」

『ここ数ヶ月で家計にも少し余裕が出来ています。月一くらい、私達にご褒美があってもバチは当たらないと思いますが?』

「ちなみに、俺の分は?」

『私達からシェアします。女性三人に「あーん」されたり、間接キスできる付加価値を考えれば、安いものでしょう』

「そう来たかー」

 なんか、相方が真奈に似てきた。

 勿論、悪い意味で。



 その後、クロガネは重い足取りで最寄りのコンビニに立ち寄り、色々な意味で話題になっていた『ギャラクシーメガパフェ』を三つ購入した。

 話題になっても夜まで売り切れてないのは、サイズも価格もカロリーも規格外な上に、買ったら買ったで周囲から奇異な目で見られるからだ。

 会計の対応したアルバイト店員も「えっ、これ三つも買うの?」と言わんばかりな表情をしていた。

 持参していたエコバックを提げた手に、ずっしりとした重みが伝わる。

 とてもじゃないが、コンビニスイーツの重量じゃない。一つあれば三人分は余裕だろう。


 店を出た際、一陣の冷たい風が通り過ぎる。

「……もう秋も終わりだな」

 身も懐も寒々と感じたのは、決して気のせいではない。

 溜息をついて、クロガネは帰路に着いた。

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