天守閣と雀と触る

犬丸寛太

第1話天守閣と雀と触る

 私は幼いころ雀を触ったことがある。

 その日は子供にしては随分遅くまで外で遊んでいて空が茜色から深い藍色へと変わるそんな時合だった。

 何をして遊んでいたのか、誰と遊んでいたのか、記憶は覚束ない。そんな誰そ彼時。

 昔家の密集した路地。乱雑に並べられた植木鉢の裏からかすかに、それでも誰の耳にも良く届く鳴き声が聞こえた。

 ちゅらちゅらと鳴き声の聞こえる方へ寄っていくと雀が一匹植木鉢に挟まってもがいていた。

 当時の私は何を思ったのか。好奇心か、憐れみか、いつもなら忙しく飛び回っている小鳥に手を触れるまたとない機会だ。

 友人たちと大騒ぎをしながら、それでも慎重に私は小さな鳥を小さな手のひらに包み入れた。

 もはや感触は覚えていないが想像と違うと感じたことは覚えている。

 雀は私の手のひらに収まることを拒み一日の残滓を残した、深い紺色の空へ力強く羽ばたいていった。

 家に帰った私は親にその事を報告した。

 すると私の親は期待を裏切り今すぐ手を洗ってこいと厳しく叱責した。

 幼心にこれは結構響いた。てっきり私は褒められるだろう、友人たちがそうしたように感想を求められるだろう、そう思っていた。

 私の親は子供の行動に対して常に窮屈な態度を示す。そういう人だった。

 私が川でフナを捕まえた時も、親戚に連れられた旅先で自分の小遣いからお土産を買って帰った時も、やはり私の親は私の行動を尊重してはくれなかった。

 やがて歳を重ねるにつれ私は親に対して心を閉ざすようになった。何をしても、何を得ても、何を失っても親には報告しなかった。

 幼いころの記憶から思うに私という少年はきっと闊達な少年だったはずだ。野山を駆け回り、川で魚を追いかけたり、見知らぬ一時の友人たちと狭い路地でかくれんぼをしたり。

 いずれも日が暮れて友人たちの親が迎えに来るまで、いや、一人取り残されても自分の気の向くまで外で遊びまわっていた。

 しかし、それももう今は昔の話だ。

 私は闊達で自由だった少年の頃を忘れ退屈で、窮屈な大人になってしまった。

 日暮れまで走り回っていた少年も今は日暮れに目を覚まし何をするでもなくただただ夜明けを待っていた。

 私は妄想の外敵を恐れ天守閣に籠城する卑屈な城主のように、自由も勝利も敗北も求めず、窮屈に不満を抱きもがくこともなく、ただじっとしていた。

 今日もいつもと同じように過去の記憶をスクリーンに映し、呆然と眺めているばかりだ。

 やがて夜が明ける、まだ薄暗がりだが庭の柿の木から懐かしい声が聞こえる。

 いつの間にか季節は冬になり、えさを求めて小鳥たちがちらほらとせわしなく柿の木を飛び回っている。

 届きはしないが、戯れに窓を開け小鳥を掴もうとしてみる。

 小鳥たちは一目散に逃げ出し、昔と比べ随分と大きくなった私の手のひらには冬の夜明け前の刺すような虚しい空気だけが残った。

 やがて夜が明け、日の光が差し始めた。

 日の光はあまねく全てに降り注ぎ冷え切った世界も、私が手に掴んだわずかな空気もあらわに照らしだす。

 手のひらの内から伝わる冬の空気と溢れだす日の光に私は過去を重ねた。

 飛び去った小鳥たちを眺める。

 小さな体で広い空を自由に懸命に飛び回る鳥たちが、昔より悪くなった目に、それでも鮮明に映った。

 あの日と同じ藍色の空の下、私はもがき始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天守閣と雀と触る 犬丸寛太 @kotaro3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ