ライデン教授、仕事が終わったので帰らせてください
四志・零御・フォーファウンド
理外実験・人体錬成
「助手くん、ちょっと付き合ってくれたまえ」
徹夜明けの研究室。上司であるライデン教授はボサボサの長い髪をかき分けて、帰宅の支度をしていた私を呼び止めた。普通の生活をしていれば、街中で声をかけられまくるであろう容姿なのに、彼女は1日のほとんどを研究室で過ごし、生活のほとんどを実験に注ぎ込んでいる。いわゆる残念美人というやつだ。
「教授、私が帰ろうとしているの分かってますよね」
鞄の持ち手を肩にかけたところだった。誰がどう見ても帰宅しようとしている状態だ。そんなタイミングで声をかけるのがライデン教授だ。
「まぁまぁ。今日は研究室に泊っていきなよ」
「嫌です!教授と違って毎日湯船にじっくりと浸かりたいんですよ!」
ライデン教授は2日に一回しか身体を洗わない。しかもシャワーだけ。それでいて肌は綺麗。髪の艶もそれなり。私からしたら羨ましい限りだ。
「というか、今週はすでに2日も研究室で寝泊まりしてるんですけど!」
「助手くん、落ち着きたまえ。これから行うのは人類史上初の実験だ。成功すればノーベル賞はおろか、イグノーベル賞ものだぞ!」
「べつにイグノーベル賞はいいです……」
「さぁ、助手くんは実験の様子を録画してくれ」
ライデン教授はそう言って部屋の奥にある実験準備倉庫室へ行ってしまった。私の参加有無は無視するようだ。
私は仕方が無く棚からビデオカメラと三脚を取り出して録画の準備を整えた。
設置が終わると、奥の部屋からガチャガチャと何かが倒れる音がした。何も壊れてなければいいのだが……。
「待たせたな」
ラリデン教授は白いケースを持って戻って来た。ケースには様々な種類の瓶が置かれている。
「一体何が始まるんです?」
「私がこれから行うのは人体錬成だ!」
「……何を言ってるんですか?」
「人体錬成だ!死者蘇生だ!死者の復活だ!」
「ほんとに何を言ってるんです?そんなこと出来るわけないじゃないですか」
いくらライデン教授が天才だからと言っても、死者を蘇らせることは不可能だ。彼女は何をしようと言うのだうか。
「さあ助手くん、録画開始だ」
「……わかりましたよ」
何を言っても無駄だ。彼女の言うことに従うしかない。録画開始ボタンを押して、ケースが置かれた机にカメラを向けた。
「さて、人類の皆々様。本日はお集り頂きありがとうございます」
果たして、この動画はどこへ向けて公開するつもりなのだろうか。
「これからご覧に入れるのは、人体の錬成です」
そう言ってライデン教授は瓶のひとつを手に取った。
「こちらに並んだいくつもの大小の瓶。これらはすべて人体錬成に必要な素材です。例えば、私がいま手に持っているリンの800g。あとは水、フッ素、鉄、ケイ素などなど、様々なものがここに用意されています」
今ライデン教授が言っていた物質は、人の身体を構成する上で必要なものだ。まさか、本当に人体の錬成を行うつもりなのではないかと不安になってきた。
「さて、これらの物質は人体錬成で大切なもの。ですが、一番大切なものがあります。それは、誰を錬成するのかです」
白衣の胸ポケットから小さな試験管を取り出した。中にはオレンジ色の液体で満たされている。
「この中身は私の遺伝子コードです。……もうお分かりですね?今回人体錬成するのは、もう一人の私なのです!本当は死体を持ってきた来たかったのだけど、そう簡単には手に入らなかったわけだね」
彼女は何を言っているのだろうか。私は口をあんぐりと開けて呆然としてしまった。
「おっと、助手くんが驚きのあまりに阿呆な顔をしているなぁ。とにかく、実験といこう。助手くん、カメラこっちに持ってきて」
「――あっ、はい」
ライデン教授に指示されるがまま、私はカメラを三脚から外して彼女の近くまで移動する。
「しっかりビデオに収めるんだぞ助手くん。――さて、外に出よう」
ライデン教授は瓶の入ったケースを持って廊下へ出て行った。私はその後を追う。
「さて、移動の時間にちょいと説明を入れよう。この人体錬成はどうやって思いついたのかってとこだ。――分かるかね、助手くん?」
「え、私?」
急に話を振られてカメラがぶれてしまう。
「うーん、夢に出てきたとかですか?」
「そんなわけないだろう」
「ですよね。それじゃあどこからです?」
「漫画で知った」
「そんなわけないでしょう!」
私の足が止まると同時にライデン教授の足も止まった。
「水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15元素、それと、遺伝子の情報で人体錬成が出来ると漫画に書いてあった」
何かおかしいか?とでも言いたげな顔でライデン教授は私を見つめていた。
「……わかりました。とりあえず付いていきます」
「そうだ。黙って付いてこい」
「…………」
少しビビっていた自分が恥ずかしくなってきた。
しばらくすると、私たちは体育館へとやって来た。中央には大きなバケツと周囲に数本のペットボトルが置いてあった。
「水35Lとか研究室に置いておいたら邪魔だから先に置いておいたんだ」
「そうですか」
「さて、実験を始めるぞ!きちんと録画は出来ているだろうな?」
「はい。それはもうバッチリです」
さては、この実験結果をYouTubeにでも投稿するつもりではなかろうか。
「それでは、いくぞ!」
ライデン教授は瓶を開けて片っ端から中身を大きなバケツに入れていく。
「ライデン教授」
「なんだ、歴史的実験の途中に話かけるんじゃない」
「すみません」
私は実験系YouTuberを黙って見守ることにした。
「――さて、これで最後だな」
ライデン教授は小さな試験管の蓋を開けてオレンジ色の液体をバケツに流し込んだ。
「これで人体が錬成されるはずだ!――いでよ!もう一人の私!」
ライデン教授は両腕をばっと広げる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
しかし、何も起こらない。
「…………仕方が無い。1日様子を見ることにしよう」
こうして次の日に様子を見に行くも、何の変化も起きているはずがなく、実験を記録した動画もYouTubeに投稿されることはなかった。
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