セイギのミカタ
@ichiryu
プロローグ
それは遠い遠い異国のお話。
その村では、男は山や海に狩りに出かけ、女は料理をしたり織物を織ったりして生計を立てていました。
質素な暮らしでしたが、みんなが力を合わせて仲良く暮らしていました。
しかし、ある時海から見知らぬ男たちがやって来ました。その男たちは全員頭の先から爪先まで黒い布のような物で覆っており、村の人々には分からない言葉で話していました。
男たちは村の人々へ大声で食べ物と飲み物を持ってくるように言いましたが、村の人々は彼らが何を言っているのか全く分かりませんでした。
男たちは言葉が通じていないことが分かると、自分達の手で食料を見つけようと、村の中を探し始めました。最初は遠巻きに見ていた村の人々も彼らが勝手に建物の中に入っていくのを見て、このまま黙って見ているわけにはいかないと思い始めました。
しかし、男たちは狩りに出ていて、村に残っていたのは、お年寄り、女、子供だけでした。そこで、お年寄りと女たちは話し合って、足が一番速い子供に男たちを呼んできてもらう事にしました。
その間にも、男たちは村中を隅々まで探し続け、家の中から食べ物や飲み物を集め続けていました。
全ての家を探し終えた男たちは村の中央にある広場に集まって宴会をし始めました。陽気な歌声が響きわたるなか、村人はその様子を遠くから眺めているしかありませんでした。
そこへ子供に呼ばれて狩りに出かけていた村の男たちが帰ってきました。
村の男たちは、黒服の男たちが彼らの食料で宴会をしているのを見て、激しい怒りを覚えました。
村で一番体が大きく、勇敢な男が黒服の男たちへ近づいてゆきます。手には狩りで使っている鉄の斧を持っていました。男は黒服らの目の前まで行き、村の入り口を指差して、黒服の男たちへ村から出て行け、と仕草で告げました。しかし、黒服の男たちは一向に出ていく気配はありません。それどころか、彼らの顔には男を馬鹿にするような笑みが浮かんでいました。
村の男は斧を両手で持ち、高々と振りかぶり、一気に振り下ろしました。男の斧が黒服の男の頭に達しようとしたときーーー
ドカッ!
大きな、鈍い衝撃音とともに村の男の体は後方へと勢いよく飛ばされていきました。黒服の男は、ただ村の男へ手を伸ばして軽く触れただけにもかかわらず、自分の何倍もある村の男を吹き飛ばしたのです。
男の家族が男へと近寄っていきました。男に息はありましたが、飛ばされた衝撃からか口からは血が滴り落ちていました。村の男たちはお互いに顔を見合わせていましたが、意を決して、一斉に黒服の男たちへ弓や斧で襲いかかっていきました。しかし、弓は相手に届く前に地面に落ちてしまい、斧を持った男たちは相手のところに行く前に吹き飛ばされてしまいました。
そうして、村の男たちは全員地面に横たわり、お年寄り、女、子供は力なく立ち尽くすしかありませんでした。
それから村人たちの暮らしは一変しました。
男たちが取ってきた獲物は全て黒服の男たちに納められ、そこから村人たちへと配られました。男たちにはノルマが課せられ、そのノルマを果たすことが出来ないと、その日男の家族は何も食料を口にすることが出来ませんでした。
みんなで助け合い、活気に溢れていた村は、誰かが亡くなった時のように重く沈んだ空気が支配するようになっていました。
そうしたある日、事件が起きました。
ある村の男が取った獲物の数を黒服の男たちへ誤魔化して報告し、誤魔化した分を息子へと与えていたのです。彼の息子は重い病気にかかっており、一日のほとんどを寝て過ごしていました。黒服の男たちが来てから村人たちに与えられる食料は減らされる一方で、息子に腹一杯のご飯を食べさせてやることは出来なくなっていました。
父親は黒服の男たちに誤魔化して報告していることがばれたらどうなるかは薄々分かってはいましたが、日に日に弱っていく息子を前にして、ただその姿を黙って見ていることは出来ませんでした。
父親はいつも以上に狩りを頑張るようになり、ノルマより多くの獲物を仕留め、ノルマを超えた分の食料を息子に与えるようになりました。父親の努力が実を結んだのか、息子の体は少しずつ、でも確実に良くなっていきました。起きていられる時間も増えていき、少しの時間なら外で遊べるようになりました。息子が外で遊んでいる姿を見て、父親と母親は手を取り合って喜びました。
しかし、その喜びも長くは続きませんでした。子供が元気になったのを見て不思議に思った黒服の男が父親の狩りの様子をこっそりと見張ることにしました。すると、父親は取った獲物の一部をこっそり隠していました。その光景を見た黒服の男は、父親の前に飛び出していきました。
急に黒服の男が飛び出してきて、父親は慌てました。今までごまかして報告していたことが黒服の男たちのリーダーにばれたら彼だけでなく、彼の妻や息子にまで罰が与えられることになるでしょう。それを防ぐためには、今ここで目の前にいる黒服の男を倒すしかありません。父親は黒服の男へ飛びかかろうとしましたが、すぐ吹き飛ばされてしまいます。すぐ父親は立ち上がり、再び黒服の男へ飛びかかっていきました。しかし何度飛びかかっても黒服の男に辿りつく前に吹き飛ばされてしまいます。
黒服の男は最初、父親が吹き飛ばされていくのを笑い声を上げて喜んでいました。それは、子供が玩具で遊んでいるかのようでした。しかし、何度吹き飛ばされても立ち上がって向かってくる父親を見て、その顔からは笑いが消えていました。
よろよろと歩くのが精一杯の父親に向けて、黒服の男が両手を伸ばしました。すると、今までとは比べものにならないくらいの衝撃が父親を襲います。大木に思い切り叩きつけられ気を失ってしまいました。
次の日、父親、母親、息子の三人は村の中央にある広場に手足を縛られて座らされていました。その周りには村人たちが集められていました。その顔には不安と恐怖が染み付いています。
黒服のリーダーである男が父親が隠そうとしていた獲物を指で指して、何か叫びました。
村人たちは黒服が何を言っているのかは分かりませんでしたが、伝えようとしていることは痛いほど分かりました。
黒服は横を向いて、顎をしゃくりました。すると黒服に背中を押されて、三人の村の男がやってきました。その手には狩りで使用する斧が握られていました。
三人の男は、黒服の男たちに指示された通りにそれぞれ親子の横に付きました。それを確認すると黒服の男たちが親子の髪をグイッと引っ張り、頭が前に突き出される形となりました。
用意が整ったのを見て黒服のリーダーは左手を高々と掲げました。その顔は歪んだ笑みで輝いています。
シーン、と村の広場は静まりかえりました。その静けさを打ち破るかのように叫び声と共に左手が振り下ろされました。
少しの間を置いて三つの斧が振り下ろされ、ゴトッ、という音を伴って、首が落ちました。
広場には、黒服たちの笑い声だけが響き渡りました。
月日は過ぎて冬が訪れました。村は一面、雪で覆われていました。例年なら子供たちのはしゃぐ声が村のあちこちで聞こえてくるのですが、今年は静まり返っています。
冬は動物が冬眠に入ってしまうため、狩りをすることは出来ません。それを理由に黒服たちは村人たちに一食分の食料しか与えていませんでした。子供たちはいつもお腹を空かしていて外で遊ぶ元気を無くしていました。
大人も子供も飢えと寒さに震えながら、黒服の機嫌を損なわない、そのことだけに神経をすり減らして生活していました。
親子の処刑があった日から黒服に逆らおうとする者はいなくなり、機械のように言われたことのみするようになっていました。ただ一つのことを除いては。
誰がやり始めたのかは分かりませんが、村人たちは夜、眠りにつく前にお祈りをするようになりました。今日起こったこと、これから起きて欲しいことなどを各々が天に報告するようになったのです。
もはや村人たちは限界に達していました。何かに縋ることでしか希望を持てなくなっていたのです。
村を覆っていた雪が溶け出し、春がやってきました。暖かい日差しが村を照らします。しかし、村は暗く沈みこんだままでした。男たちはフラフラとした足取りで狩りに出かけていきました。しかし、冬の間にやせ細った体では満足に力も入らず、獲物には逃げられてばかりでした。結局、男たちは動物を一匹も捕らえることは出来ませんでした。肩を落とし、トボトボと山を後にしました。
村で待っていた黒服たちは男たちが手ぶらなのを見て、怒り狂い、村の男たちに殴りかかっていきました。村の男たちは反抗する気力もなく、ただ殴られています。次々と殴られ、倒れこんでいく男たち。それを黙って見ているしか出来ない村の住人たち。
その光景を見ている一人の少女は思わず手を胸の前に組み合わせ、祈っていました。「誰か助けて……」と。
すると、”奇跡”が起きたのです。
天から溢れんばかりの光が降り注ぎ、黒服、村人、その場にいた全ての人が思わず目を瞑っていました。
光が止み、人々が目を開くと、白い衣を身に纏った人が立っていました。
白き人は祈りを捧げていた少女に向けて優しく微笑みかけました。
村人たちの頭の中に声が直接響いてきます。
「そなたらの祈りは我に届いた」と。
白き人が黒服の男に向けて手をかざしました。すると、黒服の男は糸が切れた人形のように崩れ落ちました。黒服たちの間に動揺が広がってゆきます。今まで誰一人として敵に倒されたことなどなかったのです。リーダーの黒服が大きな叫び声をあげました。すると、黒服の間に広まっていたざわめきがぴたりと止まりました。
リーダーの黒服は白き人を睨みつけます。しかし、白き人はそれに臆することなく涼しげな顔で視線を受け止めています。
リーダーの黒服は業を煮やし、白き人に向けて手をかざします。しかし、白き人には何も起こりません。
戸惑う黒服のリーダーに白き人がゆっくりと近づいていきます。
何度も白き人に向けて手をかざす黒服のリーダー。白き人は何事もなかったかのように一歩一歩近づいていきます。
黒服のリーダーのすぐ目の前に白き人が立ちました。黒服のリーダーの目は見開かれ、足は震えています。
白き人の指がリーダーの黒服の額に触れた途端ーーーなすすべもなく崩れ落ちていきました。
白き人は黒服たちをゆっくりと見渡し、村の入り口を指差しました。怯えていた黒服たちはそれを見て、倒れている仲間を担いで、慌てて逃げてゆきました。
白き人は村人たちを見つめ、ゆっくりと目を閉じました。次の瞬間、白き人は眩い光を放ち、その光が収まったときには白き人は消えていました。まるで何事もなかったかのように。
こうして、村には平和が訪れました。
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