彼女のハグから逃れたら、世界の常識がこんなにも変わっているのはなぜだ。
異世界転生者
第一話 『プロローグ・かつての世界』
「続いて、本年度の運動会に関する予算案の内訳なのですが・・・」
四月中旬、暖かな春風を窓から感じる心地よい昼時、私は名門・陽ノ宮学園の生徒会議室の議長席で学園運営の根幹たる予算委員会に出席していた。
今日でおよそ二週間目となる私の生徒会長としての仕事は、主に生徒会議にて議決された内容を生徒会の審査を経て認可することなのだが、同時に予算委員会議長・選挙管理委員会委員長も兼任、つまり学園の三府の長を務めているため、今こうして予算案を議決する場に身を置いている。
一部の生徒や教師からは『権力の集中』などと言われることもあるが、これらの役職はすべて前任者からの指名或いは生徒からの推薦・選挙に基づいて就任するので、完全に生徒からの信頼のもとに職務を全うしている。
この学園は東京の真ん中に位置する、初等部・中等部・高等部までの一貫校であり、私は中等部からの編入生である。
また全寮制を採用しており、全校生徒は広い学園の敷地内に設けられた、校舎とは別の寮の建物で生活している。
初等部の時期に関しては、私はこの学園のライバル校とも呼ばれる名門・月昇学園に在籍していた。
月昇学園も我が学園同様に初等部から高等部までの一貫校であるが、そこを中退した理由としては、学園内での派閥争いやら身分差別のようなものが激しかったことが大きい。
私の家は古くからさほど高い位に就いていた家系でもなく、今も人より少し裕福な暮らしをしているだけで、大企業の社長の御曹司であったり、名の通った家の跡継ぎだったりするわけではない。
もちろんこの陽ノ宮学園にも身分を気にする生徒はいるが、我が校ではどちらかというと『実力至上主義』的な風潮の方が強い。
私は物心ついた時からずっと勉強をしてきた。
それ故に毎回の定期考査では満点で学年一位の座をキープしている。
考査の各教科ごとの点数・合計点・偏差値・順位は考査後に全校向けに開示されるため、この学園の全生徒が私の成績を知っている。
この開示された成績と実力至上主義的な風潮が相まって、私は生徒からの信頼を獲得、高等部一年にして三府の長に就くという異例の大出世をすることができた。
これらの役職にまで上り詰めるのに高等部三年、早くても二年まではかかるというのが通常であり、ましてや三府の長を同時に務めるというのはまさに異例なことであった。
・・・ちょう、天川会長、会長。」
おっといけない、会議の途中だというのに余計な回想をしてしまった。
「済まない東雲君、ちょっとぼーっとしてしまっていたよ。
ありがとう。」
「とんでもないです。
天川会長の補佐役こそが私、東雲月葵ですから。」
いつも東雲君には非常に助かっている。
彼女はかの有名な東雲財閥の令嬢で、定期考査では私と一位タイか二位を絶対とする優等生で、その高貴な身分に恥じない成績を誇っている。
私が生徒会長となってすぐ、同じ生徒会メンバーで副会長に選任されていた彼女に私の補佐役、もっと簡単に言うならば秘書になってもらったのだ。
それ故に今、彼女も私の斜め後ろに立ってこの予算委員会に出席しているのである。
・・・というわけで、今度の運動会の予算は以上の分配のもとで予算案に組み込ませていただきます。」
どうやら運動会の件は終わったらしい。
正直な所、委員の話をちゃんと聞いていなくても、配布される資料を見れば大部分の内容は分ってしまうのだ。
あとで生徒会審議に回されるだろうから、その時までに理解しておけば良いだろう。
「本年度予算の合計金額の決定と運動会の予算案の提示が終了しましたので、次回は本日の予算案提示について議決を行います。
それでは、これを持ちまして予算委員会を閉会とさせていただきます。
お疲れさまでした。」
司会進行役の終わりの言葉に合わせて私が席を立つと、およそ50名いる予算委員が一斉に起立して、私が退場するまで礼をする。
何度やられても思うことだが、本当に私も偉くなったものだ。
生徒会議室を後にした私と東雲君はそのまま生徒会執務室へ向かっている。
今日は日曜日なので授業はないが、私には仕事が多々ある。
朝七時から委員会活動の委員選出の為の選挙の結果報告を受け、今後の方針を説明した後、九時半から生徒会執務室への搬入資料の確認、そして十時半から現在午後一時まで予算委員会。
この学園が全寮制を採用しているからいいようなもので、家から通学するのでは到底時間が足りるはずがない。
してこの後だが。
これまでさんざんやることが多いだの忙しいだの話してきたのだが、実は特に予定がない。
勘違いしないでほしいが、今日は偶然仕事が回ってきてないだけであって、いつもはやることがたくさんある。
そうと来れば、私にはやることは一つしかない。
そうこうしているうちに、私たちは生徒会執務室に到着した。
私がドアを開けて部屋に入るや否や
「会長!」
東雲君、否、月葵が私に思いっきり抱き着いてくる。
「二人きりになった途端に甘えん坊モードになって、まったくお可愛いやつだな。」
そう、私と月葵は付き合っている。
そして私が唯一つやることとは、月葵とイチャイチャすることである。
月葵との関係はもう三年目になるが、未だに私たちの仲は大変良好だ。
魔の三年目なんて言われることがあるが、どうやら私たちの間にはそんな言葉は存在しないようだ。
私がソファーに座れば、月葵もその上に乗ってくる甘え様である。
「会長、好きです、大好きです、愛しています!」
そんなことを言いながら私の頭を強く抱きしめる。
月葵の胸の間に挟まれ、幸せな気分になりながら言葉が話せなくなる。
月葵は同年代の女子と比べても、発育がいい方であろう。
本人曰くFカップだそうだ。
超照れながらこっそり教えてくれた話だが、それも随分と前の話だから今はもっと育ってしまっている可能性がある。
こんなにも私を溺愛してくれていて、その実可愛いだけじゃなくて巨乳で献身的ときた。
私もまぁ、随分と贅沢な思いをしているものだと身に染みて感じる。
とはいえ、ずっとこの状態が続くと余裕で窒息死できるわけで、無理やり月葵のハグから逃れる。
まさしく、水を得た魚の気分だ。
「会長、大丈夫ですか?
今、酸欠状態を回復して差し上げますからね。【
自分で酸欠にさせておいてそれを回復するとは、まったくできた彼女だ・・・
え?
「月葵、今、手元が光ったように見えたが、何をした?」
「もう会長ったら、いつもして差し上げているでしょう?
光属性上級小魔法【
ま、魔法・・・?
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