第51話 二人の長安

「霊薬って今のがかぁ?」


木々がざわめき、柔らかい風が通っていく。


「ああ、そうじゃ。人間の体を整える薬じゃな。中でもこれは…何か人ならぬ力が加わっておる、確かな霊薬じゃ」

りつは、長安の口に入れた霊薬を手で支えながら説明する。

「霊薬って長安を探してる人間達が探してるやつだなぁ」

「うむ、そうじゃな」

「探してるのに探してる奴が持ってたってことかぁ」

「これが盗まれたものとは限らぬしな、あまり考えない方がよい」

「そうかぁ…」

そう言われても気になれば考え込んでしまう鬼丸なのであった。


長安は、うめきながらも唾を何度か飲み込んでいる様だった。

「長安がこれで息を吹き返してくれるとよいのじゃが…」


がさっ…。


再び物音がして、顔を向けるとそこには長安が立っていた。


「…んん?」

鬼丸は驚きもせずに声を上げた。

そしてりつの隣であの世に行きかけている長安を見る。

後ろに立つ長安も見る。

「…んん?」


長安が二人いるのである。

そこで初めて驚く。


「お、お前?」

りつも同じく二人の長安を交互に見て声を出す。


「お前だれじゃ!」

立っている方の長安に話しかけると、聞いた事のある返事が返ってきた。


「拙者は…長安…!」


声まで長安と瓜二つである。


そして、驚いているのは立っている方の長安も同じで、しかしそれは倒れた長安を見てというより鬼丸を見て、だった。


「お前は鬼か…!」


確認する様に言いながら、腰にある刀に手をかけ始め、目に宿るものが驚きから憎しみに変わる。


「人間を食うつもりか…!」


立っている方の長安は今にも斬りかかろうとしている。


「俺は人間は食わねえぞぉ」

「騙されてぇたまるか!」


「止めるのじゃ!」


りつが突然大声を出したものだから、長安は抜刀しかけた手を止めた。

目の前に、りつが立ち塞がる。


「退きなさい」


長安の言葉にりつは、鬼丸の前に立ち塞がり続ける事で意思を表した。


「…何故鬼を守る、其方も鬼になりたいなどというものか」


「鬼になりたい…?」

この言葉にりつも鬼丸も驚く。


そして運悪く、今度は多数の人間達が寄ってくる足音までも聞こえてくる。


先程に轟いた鬼丸の咆哮と脅しで、帰ったばかりと思っていた人間達が戻って来たのかもしれない。


「何やらまた仰山くるの」


人間達の足音が近づくと、立っていた長安はそちらに向けて大声を出した。


「此処だ!ここに鬼がいる!」


長安に導かれやって来たのは、先程の人間達では無く、武士風の男達だった。


「鬼だ…」

「鬼だな…」


やって来た男達は、鬼丸を見つけるなりざわめき立つのだが、誰一人として刀を抜こうとしない。


「さぁ、あの鬼を成敗しようぞ!」


立っている長安が鼓舞するが、だあれも刀を抜きやしない。


「待て長安、あの鬼、こちらを見ても襲ってくる気配はない」

駆けつけた人間のうちの一人が言う。何を言わんとしているのか察した長安は、必死に訴えた。

「今は獲物を得ているから襲ってぇこないだけの事、次に腹が減ればまた人を襲う」

駆けつけた人間達は互いに顔を見合わせている。


「しかし鬼とて生きる為に食っているのだろう、あの人間はもはや手遅れ、見たところ鬼にやられた傷でもないし、行き倒れを食っているだけだ…」

だから放っておこう、とでもいいたげな人間達を、長安は睨みつけ言い放った。


「狂ってぇいる…!」


長安は男達を無視して、鬼丸に対して構えを見せた。


「待て、待て、やめろ!」

駆けつけた男達が慌てて長安を止める。

「やるなら貴様一人でやれ!巻き込むな!!」

「帰るぞ!」

男達はそれぞれ文句を言いながら帰っていく。


長安はその音が消えゆくのを、構えたままで待っている。


りつは息をのむ。

足音が無くなれば、襲ってくるつもりなのだとわかったからだ。


りつが横目で鬼丸を見て見ると、あの世に行きかけている長安の隣で手を握り見つめ、決して襲われそうだと知っている者には見えない。


足音はすっかり消えて、木々のざわめきだけが耳に触れてくる。


はふ…!


立っていた方の長安が呼吸音をもらして切り込んで来た!


立ち塞がるりつにぶつからない様、軌道を変えて回り込む。


長安が生んだ風は、りつの長い髪を巻き上げて去っていく。


通り抜かれてはじめて気がづいたりつが振り向いた時には、鬼丸と切りかかった長安が接触した後だった。


鬼丸は、切りかかって来た長安の刀をいとも軽そうに受け止めている。鷲掴みにしているのだ。


鷲掴みにする鬼丸の手が切れていないのは、刀より硬い皮を持っているからだ。


「ぬぬぬぬぬぅ!」

顔の節々に血筋を浮き上がらせては斬り込む刀に体を乗せるが、鬼丸の手はびくともしない。


「止めるんだぁ」

力を入れる風でも無く、鬼丸は淡々と言った。


その態度に怒りを覚えて、長安は何としてでも斬り込んでやると更に力を込めるのだが、全くびくともしない。


「ふんぬう!」


長安のその顔はまさに修羅!

何としてでも憎き鬼を斬るのだという、執念からくるものの様に見えた。

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