第38話 鷲の親子

そのまま煌く道筋を辿って進むと、鬼ほどもある大きさの鷲らしき物の怪が、これまた大きな何かの羽で出来た巣の中にいた。


「あらわれよったな」


本命が姿を現した。


鷲の物の怪は黒いのだが、首から頭が白い。

先程の鷲とは違い、気を抜けば狩られそうな鋭い目つきをしている。


「お前が赤渦を潰して回っている輩か」


鷲の物の怪は声を発した。

意外と落ち着いた声である。


ちなみに地獄の門とされる渦を閉ざして回っているのは天人であり山ギツネではないのだが、あえて否定はしなかった。


「お前が鷲の物の怪か」


一般的な生き物であれば、物の怪の声に怯み腰を抜かすのだろう。しかし山ギツネは飄々と言い返して見せた。


「私達の邪魔をするのは何故だ?」

鷲の物の怪は落ち着き払っている。


「何故とはこれいかに。人間に手を出して我らが黙っていると思っておるのか」

山ギツネの眼は真剣だ。


「そうか、なるほどな。人間様の用心棒か」

小馬鹿にし、わざと山ギツネから視線を外す。


その態度から、人間に対して抱いている嫌悪を感じ取る。


「なんの恨みがあるんじゃ」

「恨み…?恨みか、恨みな」

繰り返す度に声に感情がこもっていく。


「お前は何故人間に付く?」

鷲は答えずに聞いてくる。


「別に人間に限っている訳ではない、ただ人間は愚かしいからな」


山ギツネの言葉に、鷲は目を見開いた。


「愚かしいのに守るのか」

「愚かしいからな。放っておけんじゃろ」


鷲は丸めていた体を上げ、山ギツネを睨みつけた。

「ならば人間どもの代わりにお前らが、罰を受けよ」


声を荒げる事はなかったが、代わりに羽ばたき一つ。


その羽ばたきは大きな風を起こし、山ギツネをふっ飛ばした。


鷲の物の怪の風により、まるで塵の様に遠く遠くへ飛ばされた山ギツネ。


飛ばされはしたが、ただ飛ばされただけなので着地は容易に出来た。

そして顔を上げると、視界の隅に見たことのある鳥が見える。情け無さそうな鷲だ。


情け無さそうな鷲はこちらを見る訳でもなく、隅にいる。鳥なら高い所にでもいそうなのに、地に足をつけている。

さっきいた場所とは違う気がするが、何故またこの鳥がいるのか不思議ではあるが考えない。


素知らぬ顔で鳥の前を素通りして行く。


鳥の真ん前を通った瞬間も視線は感じなかった。


同じ様な景色の中をひたすら歩く。

既に飛ばされた分は歩いた気がするが、方角でも違っていたのだろうか?


そして気づくと、視界の片隅に情けなさそうな鳥がいる。


山ギツネは足を止めた。

道を戻ってしまったか?

しかし判別つかない。


先程あった煌く道筋も今は無い。

あの情けなさそうな鳥に願えば叶うのだろうか。


また素知らぬ顔をして、再び情け無さそうな鳥の前を通って行く。

情け無さそうな鳥は微動だにしない。


山ギツネはそろりと目ん玉だけ動かして情け無さそうな鳥を見たが、向こうはこちらを見ていなかった。


また少しすると、今度は反対側の端に情け無さそうな鳥が見えた。

これは参ったと思いながら歩く。

情け無さそうな鳥をしっかりと見据え、前に立つ。


「鳥、これは一体どういうことじゃ」


山ギツネの問いかけに、情け無い鳥…鷲は話し始めた。


「ここは地獄、あれの庭。ここから抜け出す事はかなわん」


下を向いてそう言った。


「かなわんと言われても困る」

山ギツネがそう言っても、鷲はだんまりするばかり。

仕方なしに座り込んで、今度は鷲の物の怪について聞いてみた。


「あの物の怪が人間を憎む理由はなんなのじゃ?」

それには鷲も反応して山ギツネをきちんと見た。

「…」

何か言うのかと思えば何も言わない。しかし山ギツネは根気強く待つ。

少しの間、お互い見つめ合い、時が過ぎた。


「…あれは子をなくした親、その原因が人間」

なるほどなと山ギツネは納得する。


「何があった?」

尾っぽを揺らす。

「何てことはない、私達は岩に巣を作り住んでいた。もちろん子がいくつも生まれた。あの時も一羽、子がいてな、しかし中々ひとり立ち出来ない子だった」


山ギツネは動かずに、真っ直ぐに鷲を見つめた。

鷲の子供がどんな目つきであったのか気になったが、それは心にしまった。


「そんな時、子は物の怪になった。物の怪になって暴れ始めた。何故かはわからない、だからあいつは助けを求めてあちこち飛び回った。だが誰も力にはなれなかった。そんな時、地獄の噂を聞いた」


鷲は淡々と喋り続ける。


「地獄には力を与えてくれる者がいると。そういえば先日、子はどこかに迷い込んでいたから、その時に地獄に辿り着いて、何か恐ろしい存在に魅入られてしまったのでは無いかとな」


山ギツネは大きく頷いて聞いていた。


「それであいつは地獄に行った。地獄で何があったのかは想像しか出来んが、おそらく子を戻す方法はなく、子を抑える為の力を手にしたのだろう。だが帰ってきた時には遅かった」


鷲は目を閉じて、その時を頭に浮かべている様だった。


「子は人に捕らえられた後だった。死んでなお、姿形をそのままに、人間の屋敷に飾られている。今もな」


そこまで話すと、鷲は目を開けて、しかし山ギツネと目は合わさなかった。


「あいつは人間を恨んでいる、なぜ地獄ではなく人間なのかは知らない。だがそれからあいつは地獄にこもったままになった」


「…しばらく前、物の怪になった人間が、これまた人間の子だったものを連れて来た。そいつは人間に復讐してやろうと言い出して、あいつはそれに頷いた」


「あいつは人間を地獄に送らせ、出迎えた後、人間を固めて飾っておる」


そう言った後、鷲は口を閉じて何も言わなくなった。


これ以上聞く話は無いだろうと判断して、山ギツネは尻を上げて立った。


「そうか」


山ギツネがそう言うと、また地面が煌めき道筋が出来た。

その道筋を辿って行った先に、またあの鷲の物の怪がいるのだろう。


何をすべきか、じっくりと考えてから山ギツネは前脚を出した。

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