第39話 対話

巣に丸まり座る、鷲の物の怪が見えてきた。

おそらくこちらに気付いているのだろうが、無反応だ。


歩きながら、山ギツネの毛色は淡く滲み出し光を纏い、尾は光の軌跡を生み出す。

神使としての姿形となり鷲の物の怪の前に立った。


鷲の物の怪は視線をじろりと山ギツネに向けて言う。

「永遠に彷徨っておればよいものを…」

物の怪の声は、物の怪の体からというより、空間全体が響いて発せられている。


「物の怪よ、お前の気持ちはようわかる。子を亡くした悲しみ、耐え難い苦しみであろうな」


鷲の物の怪はじっとして聞いている。


「悲しみのあまり憎しみに囚われるのもわかる」


鷲の物の怪はじっとして聞いている。


「しかしそれでも、これ以上人間達を連れてくるのはやめてくれんじゃろか」


鷲の物の怪は立ち上がって羽を広げた。


「断る」


そう言うと羽を羽ばたかせ、鋭い風を生み山ギツネを襲った。

もちろん山ギツネはかわす。


「連れて来た人間も、これから連れてくる人間も、お前の子を固めて飾った人間ではないだろう?」


反撃の代わりに言葉をなげかける。


「聞かぬ」


鋭い風が次々と襲ってくるのを、山ギツネは俊敏に動いてかわす。


「そう言わずに聞いてくれ」


山ギツネの言葉に反応する気配さえなかった。

鋭い風は数を増やし、容赦なく襲ってくる。


「あの人間達にも母がいて子がいるのじゃ」


鷲の物の怪はその言葉に、少しだけ動きを鈍らせた気がした。

「なぁ物の怪、人間達はどうした?食ったか?」


鷲の物の怪は風を生み出すのをやめた。

山ギツネは足を休める暇も無かったので、ここぞとばかりに地に足をついて休む。


「人間どもな」

鷲の物の怪の背後の赤黒い壁に淡靄うすもやがかかり、中に何かがいる。


靄が晴れてみれば、それは固められた人間達が横一列に並べられているものだった。

どれも無表情で、操られている内に固められたのだろう。


「この様な人間どもなど食うはずもない」

「その人間達が何をした」


「何をしたかは知らぬが、琵琶奴が生きるに値しないと決めた人間どもだ、知りたくもない」

「琵琶がな」


「人間を恨む気持ちもわかるが、原因は子を物の怪にしたものではないのか?」

「人間は、お前らが庇護するほど弱くもなければ美しくもない、我が子を物の怪にしたのすら、人間なのだから」


「ほう…人間が鷲を物の怪に?人間にそんなまじないが使えるとは聞いた事がない」

「お前が知っていようと知っていまいと、そうなのだ」

「見たのか?」

「聞いた話だ、ある人間がそのようにしていると。現にその頃、物の怪に落ちる畜生がいくつかいた」

「いつ頃の話だ?」

「あの位置にある陽を二十は見た」

「その頃か」

その頃、何をしているか思い出そうとするのだが、覚えていない。隣山の女狐が子が出来たとやって来た頃だろうか?


「何処の誰に聞いたのじゃ」

「地獄に住まうものじゃ」

「お前を物の怪にしたのは誰じゃ?」

「地獄に住まうものじゃ」

「お前、騙されているとは思わんかったのか」

「…」

鷲の物の怪は羽ばたき、また鋭い風を生み出し送ってくる。


山ギツネは思った。

復讐するのであれば、苦しませて固めればよいものを、操ったまま固めている。故に人間達は何も知らず、無表情のまま固まっている。


送られてきた人間達が何をしたかも知らずにただ固めるのは、どんな人間だったか知れば、それが出来なくなってしまうからではないのか?


二十年もの間、何もせず地獄にこもっているのは、ただ子がいた人間の世にいるのが辛すぎるだけなのではないのか。


「お前、救われたいのじゃろ、言ってみい」


ぴぁぁぁっ!


鷲の物の怪は耐えきれないといった風に、大きな悲痛の鳴き声を上げた。


「やめろ!」

鷲の物の怪は大きな声で叫び、山ギツネが近づいて声かける。

「誰かの所為にしたかったんじゃろ、辛かったな」

鷲の物の怪は黙ったまま、弱々しい声で言った。

「…誰の所為だ」

「ん?」

「なぜ私の子は殺されてしまった」

「少なくともここに飾られた人間達の所為ではないじゃろ」

「なぜ子は死んで飾られたか」

「それは殺したやつと飾ったやつしか知らぬし、そいつらを恨め」

「誰じゃ、誰がやった」

「…それは儂にもわからぬな…」

「どうすれば良い」

「殺し飾ったやつを探し復讐するのもよいし、子の生まれ変わりを待つのも良かろう。…お前、ここですでにそうしていたのではないか?」


物の怪が、つがいと共に二十年も地獄に篭っていた理由。

子の物の怪が死に、生まれ変わる為に地獄に来るのを待っていた、それが一番理解できる。

しかし突然現れた琵琶奴に唆され、加担してしまった、山ギツネはそう考えた。


「子は来ぬ上、苦行を受けているのかと探すがどこにもいない」


「ふむ、それに関しては少し手助け出来るかもしれん」

そう言うと山ギツネは全身から神々しい光を放った。

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