第34話 里長の睨み目と変わり者の天人
「場所はあってるが、俺は中に入らないぞ、見つかりでもすればお仕置きだ」
子供天狗はそっぽを向いて投げやりに言った。
「中へは私、一人で行く」
その方が色々やりやすい、とはもちろん言わなかった。
「では中に入れるよう、お願いするよ」
そうお願いすると、子供天狗はあいわかったと返事をして、天狗の里に張り巡らされている結界の中に入れる様、術を施してくれた。
「ありがとう」
子供天狗は黙ったまま、ただ頷き、胸を張って直立しこちらを見ている。
「では行って来るよ」
子供天狗からの返しは無いのだが、そう言って中へ入った。
結界の中は、ただの林だ。
木々が鬱蒼と生い茂り、人間であれば入るのも困難な程だ。
天人の男は瞬時に烏へ変化し、飛んだ。
林の中をしばらく進むと、沢山の童の声が聞こえて来た。人間の様な声も聞こえるが、獣の様な声も聞こえる。
声がする方へ進む。
木々の上の方から聞こえてくるので、上へ上へと進む。
すると、なんと目の前に大地が現れたではないか。
天人は何かの間違いかと、もう一度見た。
しかし幻でも無い。
木々の上に忽然と現れた大地。
どこまであるのか、どれほどの広さなのか、果ては見えない。
大地の裏である下側を見てみると、木の幹なのか、太い枝なのか、はたまたその両方なのか、複雑に絡み合う様にして大地を支えている。
天狗達は木の上に大地を作り、暮らしていたのだ。
「これは大発見だ」
天界に閉じこもっていては絶対に知りえない世界が目の前に広がっていた。
天人の男は高鳴る胸を押し殺して進む。
この感動を紐解くのは、帰ってからにしよう。
木の上の大地では、様々な天狗がいて暮らしていた。
烏、人間、狗、…
しかしほとんどが子供に見える。
まだ一人前にはならない天狗達が守られ暮らしているのだろう。
少し奥に進むと、小さな家が沢山見えて来た。
「天狗にも家があるのか…」
天狗は、天狗として生まれた天狗のみならず、他の種から天狗に変わる事もある故、全ての天狗が同じく人間が作るような家に住んでいるかは疑わしいが、それでも大発見だ。
色々な物に目移りしながら天狗の家々の上を飛行していたその時ー。
じろり。
天人の男は考える間もなく、反射的に方向を変え木々の中に入って隠れた。
何者かの視線に捉えられたのだ。
木々の間に隠れたからといって視線から逃れられる訳では無いのに、本能がそうさせてしまった。
じっとして視線の様子を伺う。
しかしその視線は何をする訳でも無い。ただただ天人の男を捉えているだけだった。
その為、飛び回る事はお咎め無しだと勝手に理解し、再び木々の中から飛び出しては家々の上を飛び周り始めた。
視線の持ち主はやはり何する訳でも無く、ただ視線で天人を捉えている。
もちろん何かしでかせば、即、天狗の風が吹いて切り刻まれるかも知れないが、天人としても何かしでかすつもりは毛頭なかった。
視線に捉えられた気持ち悪さはあるが、逆に考えれば捉えられている内は絶対に手を出されない。もちろん何もしなければ。
そして、この視線の
何かしでかしさえすれば目の前にあらわれてくれるかもしれないが、そんな気はやはり毛頭無い。
今日に限らず、また何かきっかけを作って、ここへ来たいものだと、天人は考えた。
子供天狗に話したここに来る理由は、全てではなかった。
天人は天狗を知りたかった。
山ギツネが天狗の子を世話しているのを聞いて、
なんとか天狗の里へ入れないものかと懇願した。
天人の癖に欲にまみれているなどと思われただろうか?
しかしそれでも良いと思った。
天狗は謎に包まれている。その生態は天狗自身しか知らない。
人の世の上に立つ天界にあっても天狗に詳しい者はいない。
そもそも天界は人の世に対しあまりにも無興味。そんな場所で、この罪深い欲求を満たす事など不可能なのだ。己で何とかするしか無い。
烏の姿をした天人の男は、家々の上から眺める事に夢中になり、かなりの時を過ごした。
気がつけば太陽が山に隠れかかっている。
「いけない、いけない。すっかり時を忘れていた」
外で待つ子供天狗の事を思い出し、渋々戻る事にした。
外は出て、烏の姿を解いてみれば、子供天狗が感嘆の声を上げる。
「お前、生きて帰ったのか!」
帰りが遅かったので心配していたのだろう。
「素晴らしい世界だった」
子供天狗の頭を撫でながら言った。
「ありがとう」
「お、おう」
子供天狗はなぜ感謝されるのかわからずにいる様だ。
「疑いは晴れたか」
その言葉に、そういう話であったのを思い出し取り繕う。
「もうすっかり晴れたよ。さぁ…」
子供天狗の気配が変わる。安堵したようだ。
「君の探し物を見つけようか」
安堵したのも束の間、子供天狗の気配が騒がしく波打ちはじめた。
「み、見つけられるか?」
「一番願っているものを、ここに呼ぼう」
両の手に呼ぶ。
何を望んでいるかは知らないが、それは簡単に呼ぶ事が出来た。
両の手には、木の欠片が現れている。
何か間違ったかな、と思った。
「…これが君の探し物かい?」
念の為に聞いてはみたが、子供天狗から喜びの気配が波打ってくる。
…探し物はこの木の破片の様だ。
「お前、すごいな!」
大事そうに木の破片を受け取ると、懐に忍ばせた。
「なぁ、これを絶対に落とさない術とかあればしてくれないか?」
子供天狗の中の天人へ対する評価が鰻登り中らしく、期待されているのが伝わってくる。
あいにく絶対に落とさない術なんてものは無いが、それと似たような蠱物をかける。
「おおお…」
わかっているのかわかっていないのか、感動している様子だ。
「これで屋根は元通りだ!」
子供天狗が探していた物は、普通の木の破片では無かったので、それを知って探していたのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
屋根だと。
「君は、これが本当は何か知ってる?」
「本当はって?」
「これは二日月そのもの。天魔に追われ行方知らずの空の生き物だ」
その話を子供天狗は真剣に聞いている。
「力を失くして木の中に入っていたみたいだね。これも縁、失くした力は私が与えてあげようと思う」
そして聞き終わると、少し悲しそうな気配を広げていた。
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