第28話 あまびと出でる
町をふらふらとした足取りで出て行く人間達を遠巻きに見ているのは、山ギツネだ。
山ギツネは町に入らない。
入って、中の
目には見えぬが、町は物の怪の匂いで酷く濁っており、少しでも感覚が鋭いものであれば中に入ろうとは思わぬだろう。
町人の少し後ろをついていく。
目的地は地獄に通ずる道だと予想して。
案の定、少しずつ異様な雰囲気に呑まれていく道を神使である山ギツネは堂々と歩いた。
例えばそれが修行僧などであれば、その空気に耐えきれず逃げ出すか、怯えながら経を唱える事だろう。
それほど異様で、重苦しい。
しばらくすると、町人達は揃って何も無い所で足を止めた。
すると町人達の前に赤黒い力が渦巻き、その真ん中から小さな鬼が出てきた。
「おおそかったなあ!」
渦から上半身だけを出し、町人たちを出迎える。
「ひぃふぅみぃ…すうくないなぁ!これではワシ怒られるではないか…」
小言を言っていると、町人達の後ろに前脚を揃えて座る山ギツネが見えた。
「キぃツネ…?はてキツネも人間の内に入るんだろか?…いないよりは良いか?うむ、連れて行くか」
小鬼が手招きすると、町人達は一列に並ぶ。
「ほれおぉ前もこっち来い」
山ギツネにも手招きをするのだが、微動だにせず小鬼を見ている。
視線を向けられる気持ち悪さを覚えるが狐相手ではどうにもならない。
「なあんだ、これだから畜生は…」
小鬼はよっこらと掛け声を口から出しながら、重たそうに体を渦から抜いて出て来ては山ギツネの元へ行った。
「ほぉれ、こっち来い…?」
言いながら、狐の毛色に目がいった。赤毛の毛が神々しく光を帯びている。
「いいや、こっち来んでいい」
振り向けば狐は前脚を揃えて座ったままだ。良かった、気づいた事に気づかれてないと小鬼は思ったのだが…。
ひょいっ。
「ふぉっ!」
小鬼は渦の中に戻る前に何かに首根っこを掴まれ宙に持ち上げられた。
慌てて見渡そうとするが、持ち上げる者の衣がじゃまして丁度視界が塞がっている。
「場所は知れたな」
狐がいた方から声がする。
ほうら、狐が喋った、やはり普通の狐じゃない。神使か何かだ。
「良かった」
今度はすぐ近くから声がする。
ワシを持ち上げている奴だろうが、なんとも心地よい声。地獄では絶対に聞けぬ類の声。きっとこいつも神絡みの奴だろ。
あれほど神絡みには気をつけよと言われていたのに、簡単に地獄への秘密の入り口を知られてしまった。
これではここは封鎖されてしまうし、また他の場所を探さないといけない。この辺りは神達の目が飛び回る事になるだろうから、あの町での人攫いももう終わりだ。
気が抜けた様な顔をして、両手足の力を全部抜いてやった。人間より小さいとは言え、どうださすがに片手で持つには重いだろう!
「…」
それに神絡みとは話さない。
この後何をされようが何も言わない。
「君を使っているのはなんて言う鬼?」
う〜ん、なんと心地よい。
ワシを使う鬼の名前など絶対に言わないぞ。
「おぉにじゃない」
思ってもいない言葉が口から出た。
自分の口に驚いて思わず両手で塞ぐ。
「鬼じゃないなら何なのか教えてくれる?」
絶対に言わないと思っているのに、勝手に口が動く。
「もぅののけだ」
両手で口が塞がっているので声がこもっている。ワシの首根っこを掴んでいる奴は、別の手で口を塞ぐ両手を優しく払ってくる。
「名前はなんていうのかな?」
また聞いてきた。
「なあまえは知らないが、あれは鷲の物の怪だ」
聞かれてもない事まで喋り始めたワシの口。
時が経つ程にいいようにされていく気がしたが、抵抗する術は持ち合わせていない。
これは神通力のなせる術なので、下手すりゃ人間にも負けるワシにどうにか出来るはずもない。
もう全部諦めて、どうにでもなれ。
「貴重な話をありがとう」
首根っこを掴んでいた奴はそう言ってワシの首根っこを離した。
どすん、と音を立てて地面に落ちる。
見上げると、やっと顔が拝めた。
一目で人間では無いと感じる。
麗しい顔に上質な召し物、匂いだって臭く無い。
これが仏の顔かと思うばかりの穏やかな表情。
地獄の鬼どもも少しは見習えばいいのにと思う。
こういった奴には欲が無い。
そしてそんな奴らの国はずっとずっと上にある。
こおいつは、"
小鬼はそう判断し、諦めた。
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