第27話 琵琶女のお務め

町中で琵琶を弾く女。

この町の人間の粗方あらかたは支配した。


知らぬ者が見れば、まるで普通に流れる時間と歩む人。

しかし女がその気になりさえすれば、合図一つで一斉にお互い殺し合いを始める事も容易だ。


けれどそんな事をすれば女の楽しみが無くなってしまうので、絶対にしない。


女は不意に、言い争う男と男を目の前に来させ座らせた。


女の琵琶で狂った内の二人だ。

「して、喧嘩の理由はなんなのじゃ」

細くか細い糸の様な声で、奉行気取りの女は問う。


一人の男の血走った目が女に向かう。

「こいつは俺の女房に色目を使いやがった」

「んんん、そうかい」

そう言われたもう一人の男は顔の血色がとにかく悪い。

「色目なんか使っちゃいねえ、ただ見ただけだ」

反論しながら腹を押さえている。

押さえる手には赤く血が。

「なるほどなあ」

二人の言い分を聞いて、女は悲しそうに眉を動かし大袈裟に頷いた。

「それでお前は腹を刺されてそのままか。誰も間に入ってくれんかったんか?」

顔色が悪いのは、やましい所がある訳では無く腹を刺されているからだった。

「ああ、みんな知らん顔だ」

こうしている間にも血は出続けている。


「それはな」

女は答えを出した。


が悪い。


「ここに皆を呼ぼうな」

優しく腹を刺された男へ言う。

男の顔色はどんどん悪くなっていく。


女は琵琶で狂った音を奏でると、数人の町人がふらふら寄ってきた。


「なぜお前達はこの男を放ったのじゃ?」

女は琵琶を止め問う。


「近寄って刺されたらどうする」

「気にはなったが男どもに割って入るなど出来ん」

「阿呆に関わる気などない」


喧嘩の二人の近くにいた町人達が、本音を隠さず言い始める。


「なるほどなあ」

女は悲しそうに声を絞り出す。


「お前達は人間の癖に、する事考える事はまるで鬼じゃ…」

そして女の眉は打って変わって険しい表情を作った。


「何故にこの男を放った?数人で対処すれば良かったのではないか?そうすればこの男は腹を刺されずにすんだのでは無いか?こんな事になる前に!!」

女は感情をあらわに叫ぶ。


言い切った後、魂が抜けた様に突然に静かになり、そして淡々と言い放った。

「…お前達は人間失格じゃあ、さぁこの町から去れ」


その言葉が合図となり、数人の人間達は無言で足を動かし始めた。

顔は無表情でその足取りはしっかりしている。

向かう所は一つ。


喧嘩していた男二人は女から解放され我にかえったが、腹を刺された方は動く事が出来なくなっており、そのまま横に倒れ込んだ。

刺した方の男が小さな悲鳴をあげる。


「可哀想になぁ、死んだらあいつらを恨みぃなぁ」

倒れた男に優しく語りかける。


そんな女の傍に、小さな餓鬼が近づいてくる。

女は餓鬼を向きもせず、それは不機嫌そうな顔をして手で払った。

「こっちへ来なさんな、これは食いもんでも無い」

餓鬼はうるさい蝉の様に何か鳴いて物陰に隠れて行った。


腹を刺した男は自身のした事など覚えていないのかその場から逃げ去り、女は倒れた男と二人になった。

「可哀想になぁ…」

心底そう思い、息も絶え絶えの男をずっと見つめているだけで手当てする訳もない。

全ては放った人間達のせいで、全て手遅れなのだ。


大事おおごとになる前にその体は返せ」


女は声がした方を見た。

上から下まで真っ黒な人間が立っている。

顔すら頭巾で覆い隠し、更に笠までしている始末。

「人間なら顔くらい出しなされ」

女のか細い声。

「どこの誰かも知らん人間の癖に我の身を案じてくれるなどまるで人間のかがみじゃな、…しかし指図される気はない去れ」


「忠告はした」

黒男はそう言って、歩み始める。


女は琵琶を奏でてみたが、黒男は狂う事無く先に行ってしまう。

神通力でもあるのかと眉をひそめたところで急に振り向かれた。

「お前などに扱える体では無いからな」

そう一言だけ物申し去って行く。


黒男が何を思って念押ししたのか女は理解しかねたが、しかしどうでも良かった。


女の体は落ちていたのだ。だから頂き、自分のものにした。何の問題があろうか。


女は琵琶を弾き始める。

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