第13話 子供天狗の謎

「お前、人間どもが山から帰って来たぞ」

山ギツネが子供天狗の寝る横穴にやって来てはそう教えてくれた。

「鬼を倒してか!」

驚き飛び起きたがそうでは無いと言った。

「そんな事ある訳なかろうが。運良く引き返す理由が出来たか、逃げ帰って来たんじゃ、いや良かった」

そうか、と返事をしてそのまま寝ようとした。

「しかしずいぶんあやしい人間であったな、お前、何も感じなかったか?」

山ギツネが質問してきたが、眠気が酷くどうでも良かった。

「おいお前。聞いておるか。こんな真っ昼間から寝るな」

「よく寝てないのだ、夜になったら土砂岩を片付けに行くし寝ておきたい」

山ギツネは驚く。

「おいおい、その結果どうなったか考えないか。今度は家を壊したらどうする」

「安心しろ、土砂岩をどかすのは俺じゃなくて鬼丸だ。鬼丸は岩転がしの名人だからな、心配ないぞ」

「鬼丸??ずいぶんな名前だな」

「そうか?」

「鬼の名をつけるなど、それは人間か天狗か?」

「鬼だ、鬼の鬼丸だ」

また強力な眠気がやってくる。

「おいおい、冗談はよせ、何といった?」

山ギツネはまた質問をしてきたが、すでに瞼は閉じ、半分夢の中にいた。


次に目を開けると、お天道様は真っ赤に染まっていた。

もうじき夜だ。

山ギツネの姿はすでに無く、陽のあるうちに動こうとする他の動物達の足音が聞こえてくる。

鬼丸を迎えに行くには早かったが、話でもしようと思い横穴を出た。

しかし足を進める前にする事がある。

筒の道具を取り出して童の様子を伺う。

童はまだ板の破片を探している様だ。

もうすぐ裏の土砂岩を片付けてやるからな、と心に誓い木に登って枝を飛び渡って行った。


その後ろをつけ地を走る、山ギツネの姿があった。

鬼の鬼丸などという鬼を人間の里に連れてこようとするのを放っておく訳には行かないのだ。

「全く、危なっかしい天狗じゃ」

山ギツネは狐の姿で追いかけてはいるが、目に見えない様に自身に術を施していた。

その気配は感じるも見えない何かに戸惑う野兎やリス達を華麗にかわしながら素早く移動する。

子供天狗を見失わないよう、時々見るのだが、本当に枝を渡り飛ぶのが下手くそである。

よくあれで天狗の修行に出る事を許されたものだ。

そんな事を考えていると、早速足を滑らせている。

咄嗟に足を絡めて落下こそしなかったが、木の枝に強く擦れたはずである。

しかし、子供天狗の膝裏から血が出ている様子は無い。

しばらくするとまた滑り落ち、今度は木の幹を抱き抱える様に落ちてくる。

見た事がある光景だ。

手慣れているのか、一旦下まで降りる事を選択した様だ。

一度も止まる事なく下までずり落ちてくる。

ずずずずず…。

ずいぶん痛々しい音である。

今度こそ血が出ているものと覚悟して見てみると、なんと血は出ていない。

すばしっこく再び木に登っていく子供天狗を見守りながら不思議な気持ちに包まれた。

これが狐につままれたと表現するような事態なのかと真剣に思うのだった。


またしばらくすると、今度は足を滑らせた勢いで宙に放り出された。

これは危ない、と山ギツネはどうにかして助けようと動こうとする。

しかしそれは不要で、子供天狗は自身の能力でそれを対処した。

落下に抗うべく生み出された風が渦巻いて子供天狗の体を巻き上げる。高く巻き上がったその体勢は頭が下に向いていたが、器用に調整して枝に降り立つと、そのまま下手くそな渡りを再び見せるのだった。

団扇無しに術を使用した事に驚き、遅れを取らんと後を追う。

走りながら思う。

団扇無しに術を使うなど、かなりの高尚天狗に思われるのだが、一体どういう事なのか?


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