第12話 鬼丸の夢


鬼丸は寝ていた。


夜、子供天狗に連れられどこかへ岩をどかしに行かなければならない。

鬼は昼間に寝るとか、寝ないとか言われているが、少なくとも鬼丸の一族の鬼は寝る。

しかし人間の様に朝起きて夜寝るのではなく、一日を通して頻繁に、ほんの少しだけ寝る。

なので夢を見るという事はほとんどない。


だが鬼丸は一族の鬼とは違う寝方を覚えていた。

それは人間の寝方だ。

昼間は起きて、夜にたっぷり寝る。

それは一緒に過ごした婆ぁの真似事であった。

婆ぁが寝入ったら同じ刻に寝て、婆ぁが起きたら起こしてもらう。

だから夢もよく見る様になった。

月夜の明かりを浴びれば鬼の力が強くなると言われていおり、月光浴を嗜む鬼どもは多いが、鬼丸はそういったものに興味がないので特に困る事はなかった。


岩の転がしを始めてから、また昔のように頻繁に短い時間を寝るようになった。起きている時間はほとんど岩を転がしている。

あの人間が望む岩山崩しを早く終わらせてあげたいのだ。

夜の大仕事の為に、久しぶりに長い時間を寝ていたら、夢を見た。

『あんたしゃんは優しい子じゃけぇ』

婆ぁが柿を干しながらふがふが言っている。

その後何かを言ってそれにはっとしたのだが、目が覚めた鬼丸は覚えていなかった。


「鬼丸どの、鬼丸どの」

いやに優しい声がする。

崩す岩山の麓の方で寝ていた鬼丸を起こすのは、人間だ。

自分に岩山を壊すよう頼んだ"旦那"と、初めて見る取り巻き達。

「旦那どのじゃねぇかぁ、どうしたぁ?岩山はもう少しかかるぞぉ」

そう言って上半身を起こす。

鬼丸の一族の鬼は座った様に眠るのが普通なのだが、鬼丸はすっかり人間の様に横になって寝るのが普通になっていた。

"旦那どの"はにこにこ笑顔を絶やさない。取り巻き達は怪訝そうにこちらを見ているが気にしない。

「いやね、この岩山を壊し終えたら、次に壊して頂きたい箇所がありましてね」

「次ぃ??」

力強く聞き返したら、何を思ったか取り巻き達が刀を抜こうとした。

「これやめなさい、お行儀が悪い」

"旦那どの"は取り巻き達の前に手を出して止めた。

「すまないねえ、鬼丸どの。こいつらちょっと血の気が多くていけねえ。物取りに会う事も多い仕事をしてますんでね、こういったのを連れて歩いとります」

鬼丸は全く気にならなかったが止まることなく喋る。もしその刀で斬られたとして唾をつけておけば治る程度の傷だ。

「いいんだぁ、それより別んとこもまた山壊すんかぁ?」

「そうなんですがね、今度は川を埋めて欲しいんですよ、川の隣の山を崩してね。そしたら、そこを人間達が通れる様になるでしょう」

人間が通れる様になるのであればそれは立派な人助けだ。人間達の足はとても短く、また簡単に川の水に流される。

「そうなんかぁ、いいぞぉ」

「助かりますねえ、鬼丸様々だ。どんどん人間のお役に立って、人間になってくださいねえ、そうしたら一緒に酒でも飲みましょうな」

嬉しそうにする男を見て、早く自分も人間になりたいと思うのだった。


婆ぁが死んでから、人間達が恋しくなって、何度が近づいた事もあった。

話せば婆ぁの様に仲良くなってくれるはずだ。

しかし決まって鬼丸を見た人間達は泣き叫んで逃げて行くものだからどうにもならない。

人間の集落を守る番をする鬼の噂を知っていたもんだから、そんな存在になりたいと思っていたのだがとんだ夢物語だと知った。

だったら人間になってしまえば人間達と仲良くなれる。

鬼丸はそれで人間になろうとしているのだった。


ある月夜の晩に、山奥で"旦那どの"と出会った。

旦那どのは一人で慌てて走っていて、鬼丸に気づかずにぶつかってきたのだ。

鬼丸が木でも何でもなく鬼である事に気づいて、持っていた小刀を狂気のごとく振り回し切りかかってきたのだが、痛くとも何ともない。

その小刀には切りかかってくる前からべっとり血がついていた。

鬼丸がひたすら立ち尽くして"旦那どの"の様子を見ていると、段々と正気に戻ったようで喋りはじめたのだ。

喋り始めてからはそりゃぁずいぶん喋って止まらなかった。

物取りに襲われたと言っていて、小刀の血はやり返した時のものだと言っていた。

こんな夜分に一人で歩くのが間違いだった、とも言っていた。

一通りの話を聞いた所で、今度は鬼丸が何をしているのかと聞かれたので、人間になりたいという話をしたのだ。

そしたら、なんとその方法を知っていると言うので、教えてもらって今に至る。

『人間のお役に立てば、いつか人間になれますからね』

"旦那どの"の言葉は鬼丸に希望を与えた。

『しかし鬼丸どのには鬼の角がないんですねえ』

鬼丸は、生まれつき角が無かった。

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