第10話 よこしまな男
狐の面に
しかしだぁれも来ない。
じっと立っているのがむず
じっと立っているだけというのがこんなに辛いものだとは思いもしなかった。
そっと地蔵さんを眺める。
地蔵さんはただひたすらずっとここに立っている。
「すごいな」
誰に言う訳でも無く呟く。
地蔵さんはまるで笑みを浮かべてるな顔なもんだから、童の事を思い出してしまった。
山ギツネは上手く
山ギツネが童を手伝ってくれる代わりにその間、人間を通さぬ様に番をしているのだ。
すると一人の農夫が歩いてくるではないか。
慌てて地蔵さんの裏に隠れて、深呼吸する。
山ギツネであれば人の姿に化けて、この先に行かぬ様に説得するつもりだったのだろうが、子供天狗はそうもいかない。
懐から薄い藤色の団扇を取り出して、ゆっくり扇ぐ。
団扇から何か亡霊のような物が薄く現れては形を作れずに消えていった。
「うむ、良い感じだ!」
子供天狗は地蔵さんの影から、今度は道を歩く農夫に向かって団扇を扇ぎだした。
まだ少し遠くにいる農夫の元へ、薄い亡霊がゆらめきながら流れていく。
団扇を力強く扇いでいくと、団扇が生み出した亡霊も合わせて濃くなり大きくなっていく。
道を塞ぐ程の大きさになった亡霊に、さすがに農夫も気がつき悲鳴をあげて逃げ帰って行った。
子供天狗は、人間に申し訳ない事をしたなと思いつつも、鬼に食われるよりは良いだろうと自分を納得させた。
そしてまた、しばらく立ち尽くす訳だが、今度は4、5人がまとめて歩いてくる。
綺麗な召し物の男が一人、真ん中を歩いている。その両脇にいるのは体の大きい男どもで、真ん中の人間を囲い守っている様に見える。
先程と同じ様に団扇から亡霊を生み出し送りつけてやったが、悲鳴ではなく怒号が聞こえてくる。
団扇を扇ぎながら様子を覗くと、両脇の男どもが刀を手に振り回しているではないか。
亡霊を切り回す内に、なんの害もないものだと気づいたようである。例えばその亡霊が口を開いて脅す事もあればまだ違ったかもしれないが…。
「こりゃぁ生霊でも亡霊でも何でもねえでずぜえ。おおかた、天狗のいたずらでしょう」
まさにその通りだった。
男達は刀を収め、亡霊に重なりながら歩いてくる。
害はないとはいえ気持ち悪いのだろう、皆の表情は歪んでいる。
これは参ったが団扇を止めるわけにもいかない。
今度は団扇から突風を生み出し、何とか帰ってくれぬかと祈る。
しかしこれにも、体をよろめかせただけで進んでくる。
男達も何かおかしいと思っているのだろう、辺りをを怪しんでは歩いている。
真ん中の男と言えば、男どもに守られながら袖口で顔を半分隠して歩いていた。
「気味が悪いねえ」
真ん中の男の声が聞こえてくる。まだ声が届く様な距離にはいなかったはずだが、子供天狗にははっきり聞こえていた。
「この先の鬼っちゅうんは、ほんとに安全なんですかい?」
「ええ、あれはただの阿呆。しかし流石に鬼ですからね、念の為あなた達も連れて来ました」
攻めてくる鬼どもを扱き下ろしている。
「それより…今度雨でも降ろうものなら、この辺りは氾濫した川水が流れ込んで大変な事になりましょう」
そう嬉しそうに言う。
「そしたら旦那の出番というわけですかい」
「ふふふ、雨が待ち遠しいですねえ」
男の言う言葉の意味を考えた。
この人間達は迫り来る鬼どもをたった数人の男で蹴散らそうとしているのか?
そして、そんな鬼の襲来などより、川が氾濫した時の出番を待っているというのか?
なんの出番かはわからないが、おそらく人を助ける出番なのだと思った。
図体も大して大きくないひょろりとした男であったが、たいそうな自信家である。
「あの鬼には、次の場所を伝えるつもりでしてね。次は南の方で策を講じようと思うのですよ、もちろん、あなた達も雇ってあげますから、安心なさい」
なんだかよくわからないが、南の方も守るつもりらしい。
山ギツネには人間を追い返すよう言われたが、この人間達は通してやった方が良さそうだ。
そう決めて息をひそめ、地蔵さんの後ろで男達が過ぎるのを待つ。
そしたらどうした事か。
男のうちの一人が気配を感じて地蔵さんの後ろを覗いてきたのだ。
「どうしました」
真ん中を陣取る男が聞いている。
地蔵さんの後ろを覗いた男の目に写ったもの…。
それは出る場所を間違えたイタチであった。
「いいえ何でも」
覗いた男は気のせいか、と呟きながら戻って行った。
子供天狗は地蔵さんの後ろで冷や汗をかいている。
もう少し団扇を扇ぐのが遅れれば姿を見られていた。
なぜ男に子供天狗が見えなかったのか?
それは子供天狗が団扇を使い、姿を見えない様にしていたからだった。
しかしこの術はかなり難しいもので、男達が過ぎたのを確認してからすぐに解いた。
「さすがは鬼を扱き下ろすやつらだ!」
子供天狗は男達の後ろ姿を見守った。
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