地獄鬼の変

天狗と鬼

第1話 子供天狗


夜、鬼を恐れて村を閉める。

天狗を恐れて家の戸を閉める。


端切はぎれまみれの着物を着た少女が遠い畑から家へ向かって帰る。

太陽の位置が変わるほどの距離を歩き帰る理由は、家の裏の畑が荒れて耕せないから遠くの畑を借りているからだ。


少女が作る芋は彼女にとっての貴重な食料で、この芋を他の野菜と交換したりもする。


家に帰ると、まず薪を取りに行った。

家の横にある物置の中に、今年分の薪を全て置いてある。


そんな少女を遠くの山から見守る子供の天狗がいた。


子供天狗は“遠く”を“近く”に見る事が出来る筒の道具を片目に当て、薪を腕いっぱいに抱えて物置から出てくる少女を確認する。


確認とは、生きているかの確認だ。


子供天狗はその様子を見て、今日も少女が生きている事を知り安心するのだ。

「今日も生きておる」

思わず呟く。


天狗はまだ子供天狗で、修行の身である。

特徴としては、特に移動が下手くそだった。彼は空を飛べないので、木に登り枝と枝を飛び渡り移動するのだがそれもままならない。枝に着地する際、足裏をうまく表面に引っ掛けることが出来ずによく滑り落ちてしまうのだ。


そんな子供天狗が里の里長から書物のお使いを頼まれたのは、どれ程前の話であっただろろうか?


子供天狗は道中、事もあろうかお使いの書物を失くしてしまう。

いつ無くしたかは思い当たる節がありすぎて探す前から途方に暮れていた。

天狗の里を出てから今まで、全ての瞬間に落とした可能性がある。


木々を飛び渡る瞬間に落としてしまったのかも知れないし、里を出た一歩目に落としたのかも知れない。


そんな子供天狗を救ったのは、なんと人間の子どもであった。


その人間の子供はどこかで書物を拾った後、近くの地蔵さんの所に置いて行ってくれたのだ。

子供天狗は偶然にも、書物の所在を乞う為に地蔵さんの元へ来た時に書物を見つけ、近くにいた山ギツネに事の次第を聞いたのだった。山ギツネは、地蔵さんに使える身であった。


「そこの畑にくるわらしの手柄じゃ」

そう教えて貰った子供天狗は、その"わらし"とやらを見てやろうと、お使いの事は少し忘れて地蔵さんの裏に隠れて童を待った。


次の日は雨だった。


「雨の日は来んと思うが」

地蔵さんの裏にしゃがみ込んで童を待つ子供天狗に、人の子に化けた山ギツネが声をかける。

「それよりそんな所におったらずぶ濡れじゃろ」

山ギツネは、少し離れた山の入り口付近にある、雨が当たらない横穴を紹介してやった。


「ここなら雨風しのげるじゃろ」

雨風を生み消し操る天狗に何をしているのか、山ギツネはふと考えたがすぐやめた。

子供天狗が何故かキツネの面などしているものだから、親近感が湧いたのかも知れない。


子供天狗は横穴の中にしゃがみ込むと、うまく収まった。

「助かる、ありがとう」

子供天狗はそう言って手のひらからどんぐりを数個山ギツネに渡すのだった。

「ありがたい」

山ギツネは冬籠ふゆごもりの足しにしようと、ありがたく受け取った。


次の日は晴れた。


すっかり青く澄み渡り、お天道様の機嫌も良さそうに見える。

「今日は来るじゃろ」

山ギツネはまたしても人の子に化けて天狗の様子を見に来ていた。

子供天狗は地蔵さんの裏にしゃがみ込み、"わらし"が来るのを待っている。


「来た来た」

山ギツネがそう言うと、子供天狗は地蔵さんの影から畑の方を覗いた。


「小さいな、小さい子供だ」

わらしなのだから子供である事はわかっていたが、想像以上に"小さかった"のだ。

「あれが一人で畑を作ってるのか」

子供天狗は驚愕した。

まだ親におんぶしてもらっていてもおかしくない様な小さな子供なのだ。


「歳はわからんが、見た目よりは利口な子じゃ」

話した事もないだろうに、それでも山ギツネは言い切った。「畑の事をよう知っとる」続けてそう言った。


子供天狗は、一目見てそのわらしが心配でたまらくなった。


親が来ないという事は、居ないのだろう。どこに住んでいるのか、近くにいるのか?子供天狗はわらしの後をつけて行く事にした。


わらしは昼前には畑を出た。

そして、歩く、歩く、歩く。

一番お天道様が高くなった頃から少しして、やっとついた集落の中に入って行った。


「遠いな、こんな所から通っているのか」

遠まきに、わらしの家を確認する。家の中に入った所を、少し覗いて見ると、わらしは小さく座り、一人でわらを編み込んでいた。

「やはり親もおらんのか」

子供天狗は、近くの林で夜を過ごし、翌日、畑に向かうわらしの後をつけていった。そして地蔵さんの後ろの方で畑仕事をするわらしを待ち、家に帰るわらしをまたつけて行くのだった。


「あんたは何をしとるんじゃ?」

山ギツネが地蔵さんの裏にしゃがみ込む子供天狗に確認する。

「あのわらしが心配で見ておる」

見てどうするのか、山ギツネは訳が分からなかったが、毎日後ろをつけていくのを見るのも不憫だ。


「これをやろう」

そう言って渡されたのは、筒状の木だった。子供天狗は、それが何なのかわからず至る方向から見ている。

「こうやって、片目で見てみい」

子供天狗は、山ギツネの仕草を真似て筒状のものを片目に当てた。

「!?」

「もう片目はつぶりんしゃい」

言われるまま、片目を閉じると、遠くのわらしが近くに見えた。

「!?」

「遠くを見れる。見ようと思えば、山のてっぺんも見える」

遮るものがなければな、と付け加えて山ギツネは言った。

「すごいな」

「天狗はもっとすごいはずじゃがな」

空を飛び、風を生み、時には雨も降らす。それが天狗である。

「俺はそんなすごい事はまだ出来ん」

「じゃろな」

山ギツネは即答した。

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