耳が聞こえない隣の美少女が一緒にいたいのは手話出来る旦那の俺だけなのでヤンデレにしてみた

しゆの

第1話

りょうくん、お誕生日、おめで、とう」


 五月一八日、リビングで一人の少女が俺の十八歳の誕生日を祝ってくれる。

 長いサラサラとした黒い髪、藍色の瞳が特徴の同い年の女の子だ。

 少し小柄だがスタイルは良くて物凄い可愛く、見ているだけでも癒される。

 私服のワンピースも可愛らしい。

 ちなみに今日は土曜なので高校が休み。

 両親は何故か朝から出掛けており、目の前にいる少女と二人きりで誕生日を楽しんで欲しいそうだ。

 帰ってくるのは夜遅いとのこと。

 実印がテーブルに置いてあるのが凄い気になる。


『あんまり無理して喋らなくていいぞ、奏撫』

「いえ、遼くんの、誕生日なので、声に出したかったのです」


 彼女──二宮奏撫みのみやかなでは幼い頃に病気にかかり、耳が聞こえなくなったらしい。

 耳が聞こえない……つまりは言葉の発音が良くわからないということで、奏撫の喋り方は日本語を覚えたばかりの外国人くらいカタコトだ。

 それでも聞こえていた時期はあったため、話すことは一応出来る。

 普段俺と会話する時は手話が多いのだが、今日だけはどうしても声にしたかったようだ。

 今の会話も俺は手話を使っている。

 耳が聞こえないから奏撫も手話を覚えたそうだ。


「私の声、変じゃないですか?」


 『大丈夫だよ』っと手話で伝えると、奏撫はホッと胸を撫で下ろす。

 俺が奏撫と出会ったのは高校の入学直前。

 今、住んでるマンションの隣に奏撫が引っ越してきたのだ。

 引っ越してきた理由は親の転勤らしい。

 そこから俺の家族──斎藤さいとう家と二宮家は家族ぐるみの付き合いになり、こうして誕生日を祝って貰えるくらいの仲になった。

 多分俺が奏撫のことを障害者だと嫌っていないのが仲良くなれた一番の要因だろう。

 手話は祖父も難聴で上手く会話が出来ないのが嫌で、必死に勉強したら覚えた。

 だから奏撫の耳が聞こえないと知った時も抵抗がなかったのだ。

 高校で手話が出来る生徒は俺だけだからか、奏撫とは一年から三年までクラスが一緒。

 面接の時に特技を聞かれて手話と答えたため、耳が聞こえない奏撫と同じクラスにさせられたのだろう。

 奏撫は学校でも気軽に手話で話せる俺のことに良く来る。


「さあ、お祝いの、ケーキ、です」

「ワンホールとか二人で食べるの無理だろ」


 思わず声に出してしまった。

 テーブルにあるショートケーキは直径十五センチほどあり、どう考えても食べきれない。

 ケーキが甘ったるいからいっぱい食べるのは無理だ。


「大丈、夫です。おばさんたちの分も、入っているので」


 唇の動きで俺の台詞を読んだらい。

 幼い頃から耳が聞こえないので、唇の動きで何を喋っているかある程度わかあるようだ。

 全部は無理なようだが。


『それなら大丈夫か』


 手話で伝える。

 奏撫はケーキに蝋燭を刺し、ライターで火をつける。

 太い蝋燭が一本と、細い蝋燭が八本だ。


「ハッピバースデー、トューユー」


 定番の誕生日ソングを歌ってくれる。

 同年代の人に祝って貰えるのは小学生以来だし、純粋に嬉しい。

 それにこんなにも可愛い女の子が祝ってくれて嬉しくない人などいないと断言出来る。


「本当に、おめでとう」


 「ありがとう」と言い、俺は蝋燭の火を消していく。

 昔は一発で消そうとしていた記憶があるが、今日は無理だった。

 何回か息を吹き掛けると全部消えたので、ケーキに刺さった蝋燭を取っていく。

 慣れた手つきで、奏撫はケーキを切り分ける。


「いただきます」


 二人揃って言い、俺たちはケーキを食べた。


☆ ☆ ☆


「お腹いっぱいだ……」


 ケーキを食べた後、俺はリビングのソファーでぐったりとした。

 美味しくて食べ過ぎてしまったからだ。

 あまりにもだらしない姿を見てか、奏撫が「くすくす」と笑っている。


「遼くん、可愛い、です」


 『可愛くない。奏撫方がよっぽど可愛い』と手話で返す。

 笑顔だった奏撫の頬は真っ赤にに染まり、「あう……」として俺から視線を外してしまう。

 恥ずかしがっている奏撫は可愛すぎる。

 可愛いと直接口にするのは恥ずかしいが、手話だと幾分かマシだ。


「遼くんに、誕生日プレゼントが、あります」

『プレゼント? 楽しみだ』


 毎日使っている手話で伝える。

 知り合ってからほぼ毎日のように一緒にいて、奏撫は毎年プレゼントをくれるのだ。

 耳が聞こえない以外は他の人とほぼ同じ暮らしが出来るし、買い物だって店員と筆談すればいいだけ。

 一人で出来ることは意外と多い。


「これ、です」


 奏撫の手から出されたのは一枚の封筒。

 受け取って封筒を見てみると、どこにでもあるそうなものだ。

 流石にお金でないと思うので、俺は中身を確認する。


「これは──」

「婚姻、届けです」


 封筒の中には一枚の紙が入っており、どこからどう見ても婚姻届けだ。

 既に妻になる人や承認後など、こちらが書くとこ以外は記入されている。

 まさか婚姻届けを渡されるなんて思っておらず、俺は驚く。

 いや、奏撫の気持ちは知っているが、こんなに早く渡されるなんて思ってもいなかったと言った方が正しい。


「私は、遼くんが好き、です。本気で結婚したいの、です」


 頬を赤くしているが、奏撫はとても真剣な顔だ。

 冗談で婚姻届けを持ってくる性格には見えないし、本気で俺と結婚したいのだろう。


「ふ、普通は付き合ってから結婚するんじゃないのか?」


 いきなりのことで動揺してしまい、手話を忘れた。

 早口だったために奏撫は唇を読みきれていないようで、頭にははてなマークが浮かんでいそうだ。

 きちんと謝って先ほどの言葉を手話で伝える。


「私は、遼くんを逃がしたく、ありません。結婚してでも、私の側に、いてほしいです」


 奏撫は少しヤンデレ気質なことがあるようだ。

 付き合うだけじゃその内別れるかもしれないが、結婚となれば話は別になる。

 そう簡単に離婚出来るわけでもないし、生涯を俺と共にしたいのだろう。


「奏撫」


 俺は奏撫のことを力いっぱい抱き締める。

 恐らく痛いくらい強いが、奏撫は抵抗をしない。


「これが俺の答えだ」

「んん……」


 手話ではなく、俺は行動で示した。

 気持ちを伝えるのは、言葉より行動が一番だ。

 お互いの唇が触れ合う愛情表現であるキス。

 生まれて初めてのキスはとても柔らかく熱かった。

 これで奏撫に俺の好きという想いが伝わっただろう。


『こんなにも俺のことを好きになってくれて嬉しい。どこが好き?』


 手話で伝えると、奏撫は恥ずかしそうに視線を反らす。

 何もかも可愛らしい。


「あの、私のことを、偏見しないとこ、です。私は耳が、聞こえないから、虐められていました」


 虐められている光景を思い出しているのか、奏撫は悲しそうな顔をする。

 耳が聞こえないというハンデがあり、他の人から虐められていたとしても不思議ではない。


「それで引きこもっていた、私に、お母さんが、転勤を気に、高校に通ってみない? と、言ってきました。引きこもっていた頃は、読書と、勉強をしていたので、受験はパスしましたが、不安だったん、です。でも、遼くんと出会ってから、私の人生は、変わりました。何もかもが新鮮で、学校も辛くありません」


 普段あまり喋らない奏撫がこんなに沢山言葉を口にするのだし、彼女の想いは本物だろう。


「だから、私と結婚して、ください」

「喜んで」


 俺は婚姻届けに記入していく。


「俺たち未成年だし、両親の同意を得ないといけないんじゃないか?」


 十八歳だから結婚することは出来るが、未成年だと婚姻届けを役所に出す時に両親がついていくか同意書がなければ受理させない。

 記入しながら、奏撫に唇の動きがわかるようにハッキリと喋る。


「大丈夫、です。きちんと同意してくれて、ます。学校卒業するまでは、お金の支援を、しくれるので」


 なら安心だと思い、記入していく。

 実印が分かりやすいとこにあったのは、うちの両親も同意済みということだろう。

 翌日、俺たちは両親と一緒に婚姻届けを提出しに役所に行くと、呆気なく受理されて奏撫の名字は斎藤になった。

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