ビターチョコレートはいかが?

雪水だいふく

CASE1 とある乙女の場合

わたくしがアフタヌーンティーを楽しんでいるときでしたわ。

ダージリンの香りが鼻を抜け、焼きたてのスコーンが口の中で奏でるときでしたの。

家の窓から、髪をなでるようなそよ風が心地よかったと記憶しています。

ぼんやりと見ていたコマーシャルに、それは映りましたわ。


『あなたの想いよ届け♪

 真心をこめた 手作りチョコレートで カレのハートを狙い撃ち♪

 バキューン!』


「……」


これ、は――。


「…………」


これ、こそが――。


「………………これですわぁぁぁぁ!!!」



 ――IDAスクールH棟・1階――


「ということですの」


「ということ と言われてもな……」


「あら? あなた わたくしに言いましたわよね?

 困っているなら 力になると」


女子生徒が問い詰めると、運悪く捕まった転校生は苦笑いを浮かべた。


「そ それは言ったけど……。

 まさか 手作りの……えっと何だっけ?」


「チョコレートですわ!」


「そう そのちょこれーとを作るために

 食材を集めてほしいなんて めんどう……

 いや お願い事だとは思わなくて」


「…………んもう~!」


女子生徒は戦法を変えたようだ。先程と打って変わって態度が軟化している。


「こんなにも 可愛くお淑やかで健気なわたくしが

 こうして頭を下げているのですよ?」


キラキラぱちぱちウィンクビーム(彼女命名)を飛ばす。


「いや 下げてないけど……」


「だまらっしゃい!」


「わッ!?」


転校生の的確な指摘に、早くも彼女は繕うことをやめた。


「いいですこと?

 わたくしはあの方に想いを伝えたいのです。

 わたくしの想いは 世間一般に知れ渡る食材では分不相応なのです。

 わたくしの気持ちの大きさに見合う 完璧な食材を使って

 わたくしの気持ちの大きさを表す 完璧なチョコレートを作る必要があります」


一気にまくしたてると、呼吸を整えるために深く息を吸った。


「そ こ で! あなたの番ですわ!

 あなたは異国を渡り歩き さまざまな名産品をご存知だというじゃないですか!」


「いろんなところには 行ったことあるけど……」


「わたくしが求める一級品を あなたに持ってきてもらう!

 そしてわたくしの完璧な手さばきによって それらが調理される!

 完成したチョコレートといっしょに わたくしの想いを届ける……!

 まさに カレのハートをぎゅっとつかもうプラン ですわ!

 ……えーっと あなた お名前はなんとおっしゃったかしら?」


「アルドだよ」


「そう! アルドさん!

 わたくしのお願い 叶えていただけますわね?」


「わ わかったよ……」


――これが事の起こり。

IDAスクールの転校生――正体は、時空を超えて旅をする少年――

アルドが巻き込まれた不運な1日の始まりである。



颯爽と去って行く女子生徒の背中を見送り、アルドは手渡されたメモを開いた。


『まったく 今時手書きのメモだなんて 古臭いですわ!

 でも あなたが端末を持っていないとおっしゃるのですから 致し方ありません。

 それでは ふたつの食材を取ってきてくださるかしら』


1枚目は流し読みし、肝心の2枚目へと目を通す。


『①乾燥させたら火を噴くほど辛い!? ラトル豆

 ②超こってり&超カロリー! ユニガン牛ブランドミルク』


少年は静かに紙を折りたたんだ。


「…………いいのかな こんな食材で……」


これらを使って出来上がる食べ物と

それを渡される相手のことは考えないようにするのが自分のためでもある。


「まあいいか。ラトルにユニガン どっちもわかりやすくて助かったな。

 とりあえず まずはラトルに向かってみよう」


2つの地名はこの時代には存在しない。しかし、何も問題はなかった。

彼にとって『異国』とは、時代すべてを指すのだから。

スクールがある未来から遡ること数千年以上前

――BC2万年の古代へと、少年は時空を超える。



 ――火の村 ラトル――


さて、厄介なおつかい1つ目――。

村についたアルドは、酒場で聞き込みをすることにした。

店で仕込み中の男性へ話しかける。


「この村に ラトル豆はあるかな?

 乾燥させて食べたら辛い食材だと 思うんだけど……」


「うん? ラトル豆?

 そんなん ゾル平原に生えてる樹に たくさん実ってるじゃねえか。

 赤い実から落ちた豆が ラトル豆だ。

 辛くなるのは ラトルの熱い空気で乾燥させてるからだな。

 もし ほしいってんなら いくつかやるけどいるか?」


「いいのか!? ありがとう親父さん」


「いいってことよ。ラトル豆なんて この辺じゃくさるほど取れるからな!」


難なく手に入った食材をしまい、アルドは酒場を出た。

これならすぐに終わるかもしれない。時空と運と好意に感謝する。

アルドは上機嫌で、メモを読み返した。

『②超高級&超濃厚! ユニガン牛ブランドミルク』


「よし。次は ユニガンに向かおう」


今度は古代から現代へ――AD300年まで時空を超える。



 ――王都 ユニガン――


王都についたはいいものの、アルドは誰に聞いたらよいか思案した。


「王都の名前がついているくらいだから 有名な食材かもしれないな」


ユニガン。王都。王。ミグランス王。

そんな連想の結果、ひとつの結論にたどり着く。


「……あ! ミグランス王ならわかるかもしれない!」


目的の人物に会いに、アルドは宿屋の2階へ急いだ。

そして、得られた回答がこちらである。


「ユニガン牛は 城で飼っていた牛だ」


こちらも一度で正解を引き当て、アルドは厄介事の終了を予感した。

しかし、2つ目のおつかいはそう易々とはいかない。


「ただ 魔獣軍進行によって家畜たちの数が減ってしまってね……。

 今は市場に出回っていないんだ」


ミグランス王は力になれずすまないと謝った。


「そうだったんですか……」


物事は甘くはないと痛感していると、ミグランス王が次の手がかりを示した。


「牛乳を探しているなら 何もユニガン牛だけではない。

 バルオキーでも 美味なものがあると聞いたことがある。

 より濃厚な味わいという噂だ」


「なるほど! ミグランス王ありがとうございます!

 じいちゃんに聞いてみます」


アルドは王に別れを告げて、ユニガン西門から王都を発った。

目指すはバルオキー。つまりは自分の故郷である。



 ――緑の村 バルオキー――


森の空気が少年を迎え入れる。

しかし、久しぶりの帰郷に懐かしむ間もなく、アルドは村長の家へと駆けた。


「じいちゃん!」


勢いよく扉を開けた先に、2人の家族が待っていた。


「アルドか。お帰り」


1人は白髭を蓄えた爺。バルオキーの村長である。


「お兄ちゃん! おかえりなさーい!」


もう1人は少年の妹。名をフィーネと言う。


「ただいま2人とも。

 帰って来たばかりなんだけど 聞きたいことがあって……」


理不尽なおつかいに奔走する少年は説明をした。

帰ってきた経緯と探し物について。

もちろん、女子生徒の発言はかなり省略している。


「バルオキーの牛乳とな? うむ。それなら……」


と村長からフィーネへ。


「それならさっき わたしが買ってきたよ?」


「……え!? そんなに簡単に手に入るのか……!?」


「うん。最近はよく売ってるよ。ね? おじいちゃん」


「気候も安定して 育てやすくなったと聞いたのう」


「そうだったのか。

 フィーネ それを少しわけてもらっていいか?」


「もちろん!」


ビンに入れた乳白色の液体が揺れた。

これにて、2つ目のおつかいも完了である。


「ありがとう! じゃあオレは戻るよ!」


「あ……お兄ちゃん……!」


「悪いフィーネ! 急いでるんだ……!」


疾風のごとき速さで少年は飛び出した。


「……もう 行っちゃった」


「忙しないのう」


「ゆっくりしていけばいいのにね。

 あ おじいちゃん 温かいお茶飲む?」


「うむ」



 ――IDAスクールH棟・1階――


廊下の真ん中で腕を組み、自らの使者を待つ女子生徒が1人。

首を長くして、長くして、ようやく待ち人が現れた。


「持ってきたぞ!」


「遅いですわ!!

 ……しかし ちゃんと用意されたことに免じて

 許してさしあげますわ」


いったいなぜ怒られているのか。何を許されたのか。

考えては負けなので、アルドは食材を取り出した。


「これがラトル豆だ」


「まあ……! 本当に真っ赤なのですね!」


彼女はくんくんと匂いを嗅ぐ。

香辛料に痺れたのか顔をしかめるものの、満足そうに頷いた。


「それでこっちがミルクなんだけど

 ユニガン牛が見つからなくて バルオキーからとってきたんだ。

 味はもっと濃厚らしいから たぶん大丈夫だと思うんだけど……」


「なんですって!? アルドさん……!」


「(ダメだったか……?)」


「とっても素敵ですわ!」


女子生徒の顔がぱぁっと華やいだ。


「これはまさに わたくしが求めていた食材ですわ!」


「そ そうか……! 気に入ってもらえてよかったよ」


もう一度取ってきてくださいまし!

というおぞましい未来は回避されたようだった。


「ではこちらをさっそく使って……。

 わたくしの手にかかれば……うふふふ」


「なら オレはこれで……」


用事は済んだのだから、早いところ退散するのが吉である。

そんなアルドの考えを読んだのか、彼女は少年の肩をガシッと掴んだ。


「お待ちなさい!」


「え……?」


それはまるで、地中へ引きずり込むような力強さだった。


「わたくしが あの方へ想いを伝えるまで

 見守ってくださらないのかしら……?」


「いや……その……。

 うん。オレがいたって 邪魔なだけだと思うぞ?」


「そんなことありませんわ。誰か1人でも味方がいますと 心強いものですの。

 どうしてもダメかしら……?」


「…………わかったよ……」


気高さの中に、ほんの少しの緊張が見えた気がして。


「オレは見てるだけだからな」


アルドは最後まで見届けることにしたのだった。


「ふふふそうこなくては! 感謝いたしますわ!

 それでは すぐに調理してまいりますので

 アルドさんは 3階の渡り廊下で待っててくださいまし」


言うや否や、彼女は足取り軽く歩き出した。

1人でも十分渡せるのではないか? などという疑問を抱いてはいけない。



 ――IDAスクールH棟・3階――


「アルドではないか。こんなところで何をしている」


純白の制服を身に纏った男子生徒がアルドに声をかけた。

スクール有名人の登場に、生徒たちがざわついている。


「クロード!」


透き通るようなオパールグリーンの髪をかきあげた。

女子生徒たちから、ささやかな悲鳴があがる。


「オレはここに来るように言われて」


「奇遇だな。私もだ」


もしかして――。


「クロードさまああ♪」


予想通りの人物が、予想通りのものを持ち、クロードの元へやって来る。

ただし、予想通りのもの――チョコレートが入ったであろう箱は随分と大きい。


「私に渡したいものがあると 呼んだのは君か?」


「はい♪ わたくしの想い 受け取ってくださいなッ♪」


大きな箱が女子生徒とクロードの間にずずっと割り込まれる。


「……私への献上品か? 有難く貰おう」


「(クロードがあれを食べるのか……)」


アルドは心の中で声援を送った。もちろん本人には届かない。

食あたりへのカウントダウン――クロードが箱に手をかけた瞬間だった。


――ドンッ!


いささか不自然な効果音とともに、箱が地面へと落下する。

その拍子に、箱をとめていたリボンが外れ、中身があらわになった。

どうやって作り上げたのか、チョコレートで出来た巨大なクロード像である。

像の周りには、民衆を模した小さなチョコレート人形が敷き詰められていた。


「あらイヤだ! わたくしったら 包装が完璧でありませんでしたわ」


「いや……こちらこそ すまない。

 せっかくの贈り物を落としてしまうなんて」


クロードは慎重に箱を持ち上げた。


「そなたの想い 確かに受け取った。

 必ずや 我が王国復興の礎となろう。

 では 私はこれで」


「ごきげんようですわ♪」


クロードが去ると、見物客たちも散っていく。

女子生徒とアルドだけが渡り廊下に残された。


「………………」


「……………………」


「…………わたくしは 夢をみていたのかしら……?

 クロードさまが わたくしの……わたくしの想いを 受け取ったと……。

 そうおっしゃいましたわよね!?」


「ああ……受け取ったとは言ったけど……」


「つまりは これをもって わたくしとクロードさまはその……

 その……こ こ こ 恋人ということかしら!?」


「違うと思うぞ」


「……………………へ?」


「だって チョコレートをあげただけで 肝心なことを言ってないんじゃないか?」


「………………」


「……………………」


『はい♪ わたくしの想い 受け取ってくださいなッ♪』

『……私への献上品か? 有難く貰おう』

言ったことは 想い。言われたことは 献上品。

女子生徒は冷静さを取り戻していく。数秒の沈黙が落ちた。


「…………なんてことですのぉぉぉー!!!」


廊下では静かにしなさいとたしなめるべき先生ですら

見て見ぬふりをする始末である。


「こうしてはおられません。次こそ必ず……!

 わたくしのこの想い……。す す す す……んもう まだ言えませんわ!

 でもだいじょうぶですわ! もっと高級食材を使えば……!」


「え……」


アルドは嫌な予感がした。


「アルドさん! 次の食材探しですわよ!」


「いや……もう勘弁してくれ……!」


少年は女子生徒から逃げ切れるかどうか……。

というところで、この物語は終わり――ではない。

まだ今日は始まったばかりである。

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