元英雄な私~英雄軍のリーダーが闇落ちしたので反旗をひるがえします~

ZE☆

『正しき義のその先』

 世界中の誰もが幸せであることを願いまた、幸せであることに気付かない。

 いつからか世界の平和は、人知れず悪と戦う者たちの手によって支えられていた。

 誰からも認知されず、誰からも感謝されない孤独で過酷な戦いの日々。

 けれど、彼の者たちは決して戦う事をやめようとはしなかった。

 平穏な日常とは、かくも尊い代物である事を理解しているから。


 武器であるロングスピアーの折れた柄を掴み、構え直すと同時に獣のような咆哮を上げる少女。四方を異形の化物に囲われ、頼みの綱である武器もダメになった。しかし、それでも少女の瞳から闘志の火が潰えることはなかった。

 怪しく黒光りする不定形な身体の一部を触腕へと変貌させ、化物の一体が少女へとそれを振るう。鋭い風切り音がした直後それは鋭い打撃音へと変わり、次いで少女の短い悲鳴となって消えて行く。

 鞭のように振り抜かれた触腕が直撃した少女の背中には、触腕が触れた個所が焼け爛れているかのような痛ましい傷痕が残る。少女が姿勢を崩したのを合図に、周囲の化物たちは一斉に無数の触腕を生やし、少女を袋叩きし始めた。

 周囲に響く少女の断末魔の悲鳴が止んだ後も、激しく殴打する音はしばらく続いた。



 敷原しきはらむくの足元に転がる肉の塊へ一瞥も下さず、彼女はただ前だけを見据えて頬を濡らしていた。影雄えいゆうのリーダーである自身が下を向いてしまう事を嫌った結果である。喩え、幼馴染の無残な亡骸が足元に在ったとしても。

 影雄を結成した際のオリジナルメンバーはついに自分一人となった。背後を見渡せば数十人規模の影雄メンバーがいる。けれど、初心を真の意味で知る者はただの一人も在りはしない。それが、どうにも悲しくて寂しかった。

 「キング」自身を除いては一番の古株である溜頼ためらい無詩なしが抑揚のない声音で杰のコードネームを呼んで続ける。「頃合いです」

 杰の中に苦々しい感情が広がる。重くのしかかるようなその感情とは裏腹に、宙を舞う綿毛のように軽々しく憤りの情念が躊躇いを覆い隠す。簡単ではない決断を下す際、ある意味では激情に流されるくらいの方が容易くて良い。


「今より私たちは、真の英雄となる」


 この瞬間、平穏な日常は特別な代物となった。

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